カオス理論と時間の方向
単純な1つのボールの運動なら、物理学には時間対称性が存在しているため、ある時刻の状態を知ることができれば、そのボールが過去はどうなっていて、未来にどうなるか、その全てを予測することが可能です。
この状態では、私たちは時間の前後を認識することができません。
しかし、3つの物体が絡む運動は3体問題と言われ、運動を予測したりすることが困難な難しい状況を生み出します。
これは、ちょっとした運動の差が時間ごとに増幅して、予測不可能な変化をもたらしてしまうためです。
天気予報が当たらないのもカオスが原因です。
これはものすごく計算が複雑で難しいからであって、十分な計算能力があれば解決できる問題だと考えられていました。
今回の研究は、そんな3体問題を非常に高精度のシミュレーションで再現し、順時間で行った結果を、逆時間でさかのぼったときに何が起こるかを調査しました。
このシミュレーションでは、3つの巨大なブラックホールの運動を再現しています。
上の動画は、そのシミュレーションの様子です。
左のグラフはブラックホールそれぞれに起きている誤差の時間的な変化を示していて、右の画像が再現されたブラックホールの動きを映しています。
赤い線で動いているのが時間をさかのぼってシミュレーションしている動きで、白い線は順方向の時間でシミュレーションした結果です。
3つのブラックホールの動きは同じものを順時間と逆時間で描き出したものを重ねているだけなので、ピタリと一致しているのが正常です。
最初は白い線と赤い線は一致しているため、赤い線しか見えません。
GIFで切り出しているのはだいたいシミュレーションで3500万年経過した辺りです。これが4000万年を超えると、右の画像に赤と白で別々の動きが表示され始めます。
これは単純に順時間で行ったシミュレーションを逆時間で戻しただけなのに、結果が変わってしまったということを表しています。
これは時間対称性が破れていることを示しています。つまり、ある現象を巻き戻して再現することができなかったのです。
こうした結果は、小数点以下が100桁以上使用できるシミュレーションでも、全体の5%近くで発生しました。
左のグラフを見るとシミュレーションに発生した誤差は、最初プランク長を下回っています。
プランク長とはプランク定数から導かれる原子レベル以下の現象を定める値です。これは量子力学と古典物理学の世界を切り分けるスケールで、物理学的に限界のサイズを表すものです。
その値は、「1.616229(38)×10−35 メートル」(0.000000000000000000000000000000000016メートル)です。
これより小さいスケールの世界では、基本的に古典物理学の法則は破綻します。
ブラックホールは量子世界の影響など関係ないような、非常に巨大な天体です。それが、プランク長レベルの誤差を初期条件に受けているだけで、指数関数的に影響を増大させていき、銀河レベルの誤差を生み出してしまいました。
それが同じ現象の時間順を入れ替えただけのシミュレーションを、まったく違う運動にしてしまったのです。
プランク長の誤差を取り除くことは物理学的に不可能です。この結果は、3体問題の予測不可能性は、計算能力や統計学的な問題で発生しているわけではないことを明らかにしています。
「時間が巻き戻せないという問題は、もはや統計的な問題ではありません。それは自然界が基本的に持っている法則なのです。それは大きなものも小さなものも同様です。惑星もブラックホールも3つ以上の物体が動くとき、時間の方向性から逃れることはできません」
研究者はそのように語っています。
結果が5%の確率で異なるというと、小さな出来事に思えますが、5%の確率で同じものの結果が過去と未来で変わってしまうということは、未来は予測不可能で、時間を遡ることも物理学は禁止している証拠なのです。
時間ってなんなんだろうという感じがしてきますね。