
- 意味飽和とは、知っているはずの言葉の意味が一時的に分からなくなることである
- 意味飽和は同じ言葉に対する脳の反応が鈍くなることから生じる
- 同じ曲を何度も聴くことで歌詞の意味飽和が起こり、音楽と歌詞の一体感が増す
「ゲシュタルト崩壊」という言葉を聞いたことがあると思います。漢字をずっと眺めていると、「こんな漢字あったけ?」と文字の構造が分からなくなることを言います。
このゲシュタルト崩壊は有名ですが、これとよく混同されがちな「意味飽和」というものも存在します。
ゲシュタルト崩壊が「こうえん」の「公園」が「ハム園」に見えてくるのに対して、意味飽和はそもそも「『こうえん』ってなんだっけ?」と意味が分からなくなることを指します。
私たちが稀に意味飽和を体験するのはなぜでしょうか?その効果は私たちにどんな影響を与えるでしょうか?意味飽和の研究からを考えてみましょう。
意味飽和とは

時折、既に知っているはずの言葉の意味が分からなくなることがありますか?
似たような経験をしたければ、同じ単語を連続で考えてみたり、連続で印字された単語を見つめてみたりしましょう。
例えば、「花」
野原の花、草むらの花……。花。花。花。花。花。
はな。はな。はな。はな。はな。はな。
はな。はな。はな。はな。はな。はな。
はな。はな。はな。はな。はな。はな。
はな。はな。はな。はな。はな。はな。
はな。はな。はな。はな。はな。はな。
さて、「はな」ってなんだったでしょうか?
このような意味の消失は「意味飽和(semantic satiation)」と呼ばれており、誰もが経験するものです。
この言葉は、1962年にハワイ大学社会科学部の心理学教授レオン・ジェームズ氏によって生み出されました。