無理に詰め込んでもいい仕事はできない
こうした問題に着目した研究というものは前例がありません。
かなり衝撃的な事実のため、本当に誕生日だけを要因として考えていいのか? と示された結果に疑問を抱く人も多いでしょう。
研究者自身も、この研究について「不完全なエビデンス(科学的根拠)であり、この結果を説明するためにはより多くの研究が必要になるだろう」、と控えめな表現を行っています。
しかし、実際このデータ解析は経済学者の力も借りて、かなり慎重に行われています。
患者の年齢、性別、人種、併存疾患、予測死亡率、また患者の重症度の差なども考慮して、手術が外科医の誕生日か、それ以外の日か、という要因以外はほぼ取り除かれています。
かなり信頼性は高い結果と考えることができるでしょう。
外科医の誕生日と患者の死亡率に因果関係があるとは言いませんが、データには明らかな相関が見られるのです。
注意しなければならないのは、これが誕生日に手術すると医療事故が起きるとか、そういうことを指摘しているものではないということです。
手術中でなければ気づけないような問題はいろいろと存在します。
術後の管理やケアも、執刀を担当した主治医の仕事であり、それが患者の予後に影響している可能性があるのです。
なお、この研究はアメリカで行われたもので、ほぼすべての人がメディケアに加入している高齢者を対象に行われています。
日本で調査した場合や、若者を対象にした場合では結果が異なる可能性がある点を研究者は強調しています。
なんにせよ、この研究が言いたいことは、外科医の手術にあたる際の状況が、患者の生命に影響するかもしれないということです。
「命に関わる仕事をしているのだから、プライベートより仕事を優先しろよ」なんて意見を気軽に口にする人もいるでしょうが、果たして医者のプライベートを無視して仕事を詰め込んで、高品質の医療は維持できるのでしょうか?
この研究結果は、そうした問題に対してもう少し考え直す必要性を提示しているのです。
コロナの影響で、医療従事者の負担が増していることが問題視されていますが、この結果はそのことについても、改めて考えさせてくれます。
けれど、こうした問題は医療者だけに限ったものではありません。
手術以外でも専門性が高く替えが効かないため、担当者のプライベートを無視して仕事を詰め込んでしまう現場は数多くあるでしょう。
今回の研究は、そうした現場でも仕事のパフォーマンスが大きく低下する可能性を示しているように思えます。
命に関わるとわかっている現場でさえ、プライベートな予定が頭をよぎって仕事に集中できないのだとすると、果たして仕事優先の考え方が、本当に社会のためになっているのか考えさせられてしまいます。