羽のないイカはどうやって空を飛ぶ?
1947年の春、スカンディナヴィアの探検家6名が、太平洋を横断中に奇妙な現象に出くわしました。
そして見てしまったのです、海上をおよそ50mほども飛んでいるイカの姿を。
しかし、彼らの目撃談はそう簡単に人々に受け入れられませんでした。
仕方ありません。羽もないイカが、どうして空を飛べるというのでしょうか?
しかも、サッカーコートの半分近くの距離をひとっ飛びしているのです。
ところが、その後の数十年間で、同じような目撃例がいくつも報告され始めました。
船乗りたちは、ボートと同じスピードで空を飛ぶイカの姿を何度も見ているのです。
また、水槽にいれていたはずのイカが、夜の間に逃げ出ていたことさえありました。
しかし、どうやってイカは空を飛んでいるのでしょう?
専門家たちは、数少ない撮影記録から、イカの飛ぶ姿は海の中を泳ぐ仕方とよく似ていることを見つけました。
全身の半分を占めるイカの長い頭(外套膜)は、ポンプ式のチューブになっています。
その両側から海水が入り込み、チューブの下方にある小さな穴に向かってポンプ式に水を噴き出します。
これを繰り返すことで、チューブがジェットパック(推進力)のような働きをし、時速10キロの速さで移動できるのです。
同じプロセスは、呼吸の仕方にもかかわっています。
チューブが、排出された水から酸素だけを吸い上げ呼吸器官(エラ)に送り込みます。
こうした水や酸素がイカの動力源となっているのです。
そしてイカの数種に、海上へロケットのように飛び出て、空を飛ぶものがいます。
空中では水の抵抗がないので、わずか1秒で時速0〜100キロまで加速します。
だいたい時速40キロほどで、空気の流れに乗った「揚力」を作り出します。
しかし、空中に留まるには鳥のような翼が必要です。
幸運にも、イカにはちょうどいいプランがあります。
イカの足は、伸び縮みが自在の「マスキュラー・ハイドロスタット(muscular hydrostat)」という筋組織(人で言えば舌)になっており、マントのようにバサッと広げることができます。
滑空に適した形に広げることで、翼のような機能を持たせているのです。
また、頭の先にある小さな2つのヒレは、ふつう水中での泳ぎに使われますが、空中では第2の翼として役立ちます。
2つのヒレを折りたたむことで、イカのフォルムは水や空気から受ける抵抗を少なくする「流線型」になるのです。
滑空時に描かれる軌道は、観察例が少なく定説を立てるのが難しいですが、速度にもとづくと、約10センチのイカで水上6mの位置までジャンプできます。
しかし、実際に観察されたところでは、イカの多くが海面近くを滑空しているところでした。
一度の滑空でかなりの距離を移動していると見られます。
イカが空を飛ぶ目的は、おもに「エスケープ行動」です。
近くの天敵や船から逃げる、あるいは、海中での移動に使われるエネルギーを節約する方法と考えられます。
空を飛ぶ方が、泳ぎに使われるエネルギー量より少なく、一飛びでかなりの距離を移動できるからです。
それから、小さくて幼いイカが、体の大きなイカから逃げる一手段ともされます。
空を飛ぶのはたいてい小さなイカで、大きすぎるイカは飛べません。
イカには同種を食べるカニバル習性があり、若い個体は生き残る手段として空に逃げているのかもしれません。