ホスフィンとは考えられない理由
遠い惑星の大気中に含まれる化学組成を、科学者たちはどのように見ているのでしょうか?
すべての化合物は、電波、X線、可視光などの電磁スペクトルの固有の周波数を吸収します。
天文学者は、惑星から届く放射の中から、こうした吸収されたスペクトルの特性を調べて、その化学組成を理解しようとしています。
2017年、英国主導で行われたジェームズクラークマクスウェル望遠鏡(JCMT)による金星から電磁放射の観測では、266.94GHz付近にこうした特徴が発見されました。
この周波数の電波を吸収するのは、ホスフィンと二酸化硫黄です。
2019年、この2つを区別するために同じ研究チームがALMA望遠鏡を使用して、金星の追跡観測を行いました。
その結果、金星の二酸化硫黄レベルは低すぎて、266.94GHzの信号を説明することはできなかったため、チームはこれがホスフィンから来ているに違いないという結論を導いたのです。
今回の研究チームは、この結論を検証するために、地球の天文台やビーナス・エクスプレスのような探査機が集めた数十年分の金星観測データをもとに、金星大気の放射伝達モデルを作りました。
そして、これを基礎としてJCMTとALMAによって観測された信号が、どのように取得されるかをシミュレートしたのです。
するとJCMTが拾った266.94GHzの信号は、金星の雲層から来ていなかったということがわかりました。
チームの検証によると、信号は金星の中間圏(地表から約80km以上)で発生していたと考えられるのです。
この高度だと、紫外線によりホスフィン分子は1秒未満で破壊されてしまうため、信号の発生源にはなりえません。
「もしこの状況で、検出された信号源をホスフィンだったと仮定した場合、ホスフィンは光合成によって地球大気圏に供給される酸素の約100倍の速度で、金星の中間圏に供給される必要があります」
メンドウズ教授はそのように結果を説明します。
また、研究チームはALMAのデータが、金星の大気中にある二酸化硫黄の量を大幅に過小評価している可能性があることも発見しました。
「2019年のALMA観測地のアンテナ構成では、二酸化硫黄のような金星大気のほぼすべての場所に見られるガスからの信号は、小規模に分布するガスより弱い信号として検出されてしまいます」
NASAジェット推進研究所のアレックス・エイキンス氏はそのように述べています。
このため、ホスフィンの発見を報告した研究では、金星とその雲に対する二酸化硫黄の存在量が、すでに判明していた報告と対立していました。
新しい研究は、金星中間圏の二酸化硫黄の典型的な量が、ホスフィンを必要とせずに、JCMTとALMAの観測データを説明できており、より信頼性は高いと考えられるのです。
せっかく見つかった生命の兆候が誤りだったとすると、残念な話ですが、金星は依然として謎の多い惑星で探求の余地はまだまだたくさんあります。
こうした疑問と検証の繰り返しの中から、科学は真実を見出すものです。
いずれ確かな生命の兆候が金星から発見されるかもしれません。