月が作るナトリウムの長い尾
1998年11月19日の新月の夜、ボストン大学の研究者が特殊なフィルターを付けた望遠鏡で、しし座流星群の流星が大気にあたった際に見えるオーロラのようなナトリウムを観測しようとしました。
しかし、そこで発見したのは、月の表面から放出されるナトリウム原子の長い尾でした。
月は太陽からの放射圧により、太陽と反対方向へ彗星のような長い尾を伸ばしていたのです。
ナトリウム原子は太陽の放射によって輝いていますが、非常に拡散しているため、そのかすかな光を肉眼で見ることはできません。
しかし、尾は50万マイル(約80万キロメートル)もの長さがあり、新月になると地球はこの尾の中に包み込まれてしまいます。
この発見は、その後詳しく検証され、1999年6月15日に科学雑誌『Geophysical Research Letters』に発表された論文では、しし座流星群の日に特に強まっていたことが報告されています。
流星群の夜に月の尾の放射が強化されるのは、月が地球と異なり流星から保護する大気が存在しないためです。
そのため流星の塵は直接月の表面に降り注ぎ、ナトリウムを含んだレゴリス(月表面の塵)を巻き上げ、それが太陽の放射圧によって撒き散らされるのです。
このときのしし座流星群は新月の夜にやってきたため、ちょうど吹き飛ばされるナトリウム原子を地球からよく観測できました。
これが発見に至った経緯というわけです。
新しい研究は、この現象を2006年から2019年にかけて長期観測し、2100枚の観測画像を撮影しました。
そして、そこからこのナトリウム粒子の放出をシミュレーションで再現することに成功したのです。
Credit:James O’Donoghue/@PhysicsJ, based on simulations by Jody K. Wilson
この研究によると、しし座流星群が常にこの現象を強化するとは限らないといいます。
流星群とナトリウムの尾の明るさの上昇は一致する可能性が高いですが、いつも十分なエネルギーを持っているとは限りません。
しかし、他の稀な流星が十分な勢いで月に衝突した場合、同様に月表面のナトリウムを大量に軌道へ放出させる可能性があります。
今回の研究に参加した人物ではありませんが、この成果を受けて宇宙航空研究開発機構の惑星科学者、ジェームズ・オドノヒュー氏は、「もし十分な大きさの小惑星が十分な速度で月に衝突した場合、肉眼でも見えるほどの月の尾が生成される可能性がある」と述べています。
その場合、月の尾はオリオン座の星と同じくらいの明るさで、私たちの目で直接観測できるそうです。
見てみたい気もしますが、小惑星衝突はちょっと困りますね。
なんにせよ、目に見えないとしても、月から彗星のような尾が伸びているというのは、月の新たな側面として魅力的なお話です。