測れる実数と測れなかった虚数
掛け合わせることで「-1」になる虚数「i」は、現代物理において広く使われている概念です( i × i = -1 )。
一見するとインチキに見えますが、虚数の概念がなければ、電磁気学をはじめとした数々の理論も成り立たず、パソコンもスマホも作ることはできません。
そんな便利な虚数ですが、1つ大きなハンデがありました。
私たちの暮らす物理的な世界には、虚数に直接関係するものがないからです。
箱からリンゴを取り出して、テーブルの上に2個、3個と置くことはできますが、「i個」の林檎は、何が起きても置けません。
これは私たちの世界で、私たちが観測できるものは、全てが実数部分に限られているという大前提があったからです。
ではなぜ、物理学において虚数「i」が多用されるのでしょうか?
その理由は、虚数「i」は物理学において振動現象に関連しているからです。
虚数「i」を使うことで、どういうわけか、計算式に振動現象をうまく組み込めるのです。
もっとも、計算結果から具体的な何かを引き出す場合は、実数部分のみが検討対象となります。
そういう意味では、虚数「i」はあくまでツールでした。
しかし、量子力学では様子が少し異なってきます。
量子世界において粒子には波として「振動する」という性質を持つようになるからです。
この理論の中核となるのが、有名なシュレーディンガー方程式です。
といっても何も難しくありません。
注目して欲しいのはただ1つだけ。
それは上の図で示したように、シュレーディンガー方程式に虚数「i」が含まれているという事実です。
シュレーディンガー方程式は量子の基本法則のようなもの。
その式の中に虚数「i」が含まれている……。
つまり量子の世界では身の回りの世界とは比べ物にならないくらい、虚数「i」の重要性が高いことを示します。
そこで研究者たちは、量子の世界でならば、虚数部分の違いが、現実の観測結果の違いとして識別できる可能性があると仮説を立てました。
ニュートンの運動方程式における速度や距離といった項目がなければ飛んでいくボールの説明ができないのと同じように、量子の状態を正確に知るには、虚数部分が見過ごせません。
見えないから、観測できないからといって、実数部分のみを拾っていては、真の物理法則は描けないのです。
そこで研究者たちは、これまで見過ごされてきた虚数部分の測定に挑みます。
しかし、いったいどんなトリックを使えば、虚数部分の情報をゲットできるのでしょうか?