楽譜のない音楽たち
世の中にはたくさんの音楽が溢れていますが、きちんと楽譜になっている曲というのは実のところあまり多くありません。
実際正確な楽譜を自分で書く作曲家というのは少数で、クラシックを除けば市販されている楽譜の多くは、別の人が「採譜」という作業を行って作っています。
「採譜」というのは音楽を耳で聞いて楽譜に書き起こすことです。これは「耳コピ」という呼び方もされています。
ネットにあげられる音楽関連の動画でも、「耳コピ」という単語はよく目にします。
現代のポピュラー音楽などは、楽譜がなく演奏家が耳で聞いて再現しているパターンが非常に多いのです。
けれど、たとえばジャズのような奏者のアドリブやアレンジを主軸にした音楽には楽譜は存在していませんが、音楽教育や音楽研究の現場では、過去の優れた演奏の正確な楽譜は絶対に必要な道具です。
そんな大げさな状況でなくとも、気に入った曲に出遭ったとき演奏してみたい(だから楽譜が欲しい)と考えるのは、楽器が扱える人にとってごく当然の衝動でしょう。
曲を正しく演奏しようとする場合や、優れた音楽を分析し研究しようとする場合に、正確な楽譜は必須の存在なのです。
しかし、採譜は誰にでもできる作業ではありません。
複雑な音の並びを耳で聞いて楽譜にするためには、特殊な訓練が必要であり、音楽理論の正しい知識も必要になってきます。
作曲家のメンデルスゾーンは、コンサートから帰ると、家人に「こんなだったよ」と1度聞いただけの曲を全部ピアノで演奏してみせたといいますが、そんな天才は普通いません。
採譜は非常に時間のかかる作業で、このため世の中の多くの曲は楽譜になっていないのです。
そのため、現代ではこの採譜をコンピュータによって自動で行う研究もされていますが、思うように進んでいないのが現状です。
特に、ピアノ演奏のように、複数の音が重なった和音を多用する音楽は、音高(ピッチ)とリズムの複雑な組み合わせを認識する必要があるため、自動化は長年の課題となっていました。