皮膚の感覚と脳領域
今回の研究チームの1人、ハーバード大学医学部の神経科学社デイビッド・ギンティ(David D Ginty)氏は、研究の意義について次のように説明しています。
「今回の研究の目的は、体の必要な部分で感覚が敏感になることを説明するメカニズムを見つけ出すことです。
進化の観点から見ると、哺乳類の体の形は劇的に変化していて、それに伴って皮膚の表面の感度も変化したと考えられます。
例えば、人間は手や唇の感度が高くなっていますが、ブタは鼻の感度が非常に高くなっています。
これはそれぞれの種が、世界を認識し探索するために必要な感覚だったためです。
したがって、敏感な感覚を形成するメカニズムが解明できれば、異なる種が異なる感度を発達させる理由を説明できるかもしれません。
さらにこの研究の成果は、将来的に、神経発達障害などの病気を解明するためにも役立つ可能性があります」
カナダの脳外科医ペンフィールドは、人間の脳の感覚マップを客観的に表示する方法として、脳で多くの領域を専有する体の各部分を強調表示したホムンクルス(頭の中の小人)という図を作成しました。
これは脳の測定データをわかりやすくアニメチックに視覚化した図と考えてもらっていいですが、ヒトのホムンクルスを立体化させると下の画像のようになります。
手や唇が異様に大きく作られていますが、これは脳内でこの部分の感覚が大きな領域を占めている(つまり敏感という)ことを表しています。
そのため、これまでは脳内で敏感な皮膚領域が多く存在するのは、その部分の皮膚に多くの神経細胞があるためだと考えられていました。
しかし、ギンティ氏の以前の研究からは、敏感な皮膚には多くのニューロンが存在しているものの、これらのニューロンの数は、脳のスペース増加(巨大な手や唇の領域)を説明するには十分でないことが明らかとなっています。
彼らは、予想よりも敏感な皮膚を支配しているニューロンの数がかなり少ないことに気づいたのです。
他の何かによって、ブーストされないかぎり、手や唇は脳内でここまで担当する領域を拡大させることはできません。
この矛盾を解決するため、研究チームはマウスを使って神経細胞をさまざまな方法で刺激したとき、脳と神経細胞がどのようになるか画像化する実験を行いました。
すると、発達段階の幼いマウスでは、足の敏感な皮膚の部分の感覚ニューロンが密度を増加させるのに比例して、脳の感覚細胞も密度を増加させていくのがわかりました。
ところが、思春期から成人期にかけては、敏感な皮膚のニューロン密度は変化しなくなったにも関わらず、脳内の神経細胞は増加を続けていたのです。
ギンティ氏はこのことから、脳内の神経細胞の過剰発現には、皮膚の神経細胞密度以外に、何か他の要因があるはずだと考えたのです。