鍼の効能は科学的に説明できるのか?
マー氏の研究チームは、鍼治療においてもっとも基本的な疑問の1つを明らかにしようとしています。
それは「ツボと呼ばれる体の部位に意味を与える、神経解剖学的基礎はなんなのか?」ということです。
それがわかれば鍼治療は正当な医学の1つになれるかもしれませんし、さらにこの治療技術を洗練させることもできるかもしれません。
今回の研究チームは、2014年にも電気鍼治療に関する研究を発表しており、そこでは迷走神経-副腎軸(副腎に信号を送りドーパミンを放出させる経路)が電気刺激で活性化することで、マウスのサイトカインストームを減少させることができると報告されています。
サイトカインとは細胞から出るタンパク質のことで、細胞間に命令を伝達する役割を持っています。
これにはさまざまな種類がありますが、細胞の炎症によってサイトカインが血中に分泌されると、体が異常を感知して発熱や倦怠感などを起こします。
これが重度の全身性炎症によって引き起こされると、一気に大量のサイトカインが放出されるサイトカインストームが発生します。
新型コロナウイルスに関連した症状は、このサイトカインストームに原因があるとも言われています。
炎症に伴う重要な問題であるサイトカインストームを、鍼治療の刺激によって軽減できるのだとすれば、これは鍼治療の医学的効用を示す有力な証拠となる可能性があります。
チームはさらに研究を進め、2020年の研究ではこの電気鍼治療法の効果が、体の領域によって効果が変わることを発見しました。
この研究では、電気鍼治療をマウスの後肢領域に行った場合は効果的だったが、腹部領域に施した場合は効果がなかったと報告しているのです。
チームはこの反応の違いが後肢領域特有の感覚ニューロンにあるのではないかと予想し、それこそがツボの正体かもしれないと考えたのです。
そして、今回、その仮設を調査する一連の実験が実行されたのです。
マウスの腹部と後肢について、調べたところ、彼らは部位によって数の異なる感覚ニューロンを特定することができました。
このニューロンは腹部の腹筋よりも、後肢の深部筋膜組織に3~4倍多く存在していたのです。
これが問題の感覚ニューロンではないかと考えた研究チームは、次にこの感覚ニューロンが欠損したマウスを作成し、後肢に電気鍼治療を施してみました。
すると迷走神経-副腎軸が活性化しない(サイトカインストームを軽減しない)ことがわかったのです。
つまり発見されたこの感覚ニューロンが、電気鍼治療の効果を示すために重要な役割を果たしていることがわかったのです。
さらにこのニューロンは、後肢の前部筋肉の方が後部筋肉より多く存在していることもわかりました。
そこで後肢の前部と後部でそれぞれ電気鍼治療を行ったところ、前部に行ったほうが強い反応を示すことがわかったのです。
これは電気刺激の効果が、神経線維の分布に基づいて効果的な場所と、効果的でない場所があることを示しています。
こうした結果は、「ツボの位置の意味や特異性について説明する、最初の具体的な神経解剖学的説明となるだろう」とマー氏は述べています。
ここからは、鍼をどこに打つのか? どのくらい深く打つのか? どのくらいの強度の刺激が必要なのか? という鍼治療のパラメータを理解することができるのです。
今回の研究は、マウスに対して行われましたが、ニューロンの基本的な組織構成は、人間を含めた哺乳類全体で進化的に保存されている可能性が高いと研究者は述べています。
今回の発見は、新型コロナウイルスのような過度な全身炎症を伴う感染症の状態を治療したり、炎症性腸症候群や関節炎など慢性疾患の治療法、さらにがん免疫療法の副作用となる過剰な免疫反応を抑えるために、役立つ可能性もあると、マー氏は述べています。
ただ、今回の報告は本当に鍼治療の効能を科学的に示している研究なのでしょうか?
実のところ、鍼治療に関連する研究報告には、いろいろと疑問を述べる人たちも多く存在します。
最後に、この問題について触れておきましょう。