大腸菌が火星で燃料を作る
論文では、まずプラスチック素材を火星に運び、サッカー場4面分の広さの光バイオリアクターを組み立てると説明されています。
この光バイオリアクターでは、シアノバクテリア(藻類)が光合成(二酸化炭素を消費)によって酸素を生成しつつ成長します。
そして別のリアクターで、このシアノバクテリアは酵素によって糖に分解され、大腸菌の餌として与えられます。
ここで発生した大腸菌の発酵液には、燃料となる「2,3-ブタンジオール」が含まれていて、これを分離することで推進剤が得られるのです。
こうした方法は「バイオテクノロジーベースの現場資源利用(bio-ISRU)戦略」と呼ばれています。
研究チームによるとbio-ISRU戦略は、地球からメタンを輸送して化学触媒で酸素を生成するという、現在提案されている化学的な戦略に比べて、消費電力が32%少ないと試算されています。
ただし、設備の重量は3倍です。
繰り返し利用されることを考えれば、初期投資が大きくなったとしても資源の少ない火星では、維持費が少ない設備のほうが魅力的でしょう。
しかし、そもそもそんな方法があるなら、なぜ地球ではロケット推進剤を作るためにこの方法が使われていないのでしょうか?
理由は、この燃料は地球からの脱出にはまるでパワーが足りないためです。
「火星の重力は地球の約3分の1程度のため、火星脱出に必要なエネルギーは非常に少なくてすむのです。
そのため地球上でロケット発射用に設計されていない、さまざまな化学物質を柔軟に検討することができます」
今回の研究の共同執筆謝であるパメラ・ペラルタ・ヤヒヤ(Pamela Peralta-Yahya)准教授は、そのように説明しています。
今回の方法で生成された「2,3-ブタンジオール」は昔から知られている物質ですが、推進剤としての利用が検討されたことはありませんでした。
火星に合わせた柔軟な推進剤の選択によって、今回の新しい方法は提案されているのです。
チームは現在、この設備の重量を減らし、現在提案されている化学触媒の設備より軽量化するため材料を最適化する方法を検討しています。
また、火星の太陽光スペクトルは地球と異なるため、シアノバクテリアの成長に太陽との距離や、大気組成の違いから生じる光のフィルタリング作用がどう影響するかを研究する必要もあります。
紫外線が強い火星の環境では、シアノバクテリアは損傷を受ける可能性もあります。
課題は多く残されているため、まだ実用化が決まった技術ではありませんが、推進剤と同時に酸素も大量に生成できるこの技術は、かなり有望なものになる可能性があります。
また、酸素は人間の生活にも必要となる物質です。
これを同時に生産できるのは、火星での生活においても有用となるでしょう。
また二酸化炭素を消費して大量の酸素を生み出すこの技術は、地球上で温暖化問題の解決に貢献する研究としても、役立つ可能性があります。