“たまたま助かった”を理論に変える挑戦

近年、日本各地でクマによる人身被害が増加傾向にあります。
環境省のまとめによれば、2023年度(令和5年度)に全国で発生したクマ(ツキノワグマおよびヒグマ)による人身被害は198件(被害者219人、うち死亡6人)と、統計を取り始めた2006年以降で最多となりました。
被害は東北地方で特に顕著で、秋田県では被害者が70人と全国最多を記録しています。
秋田県では毎年クマによる遭遇事故が起きていますが、2023年は「10年分の被害が1年に集まった異常な年」とも言われるほどの深刻な状況でした。
クマに出会った際の対処法としては前述のように「うつ伏せの防御姿勢で急所を守る」ことが以前から環境省や自治体により推奨されてきました。
しかし、その効果が本当にあるのか、科学的な検証はこれまで行われていませんでした。
言わば「経験則」として勧められてきた策ですが、実際のデータによる裏付けがなかったのです。
クマを見かけたときの大前提
防御姿勢の話題に入る前に、「クマを見かけたときにはどう行動すべきか」という基本を押さえておきましょう。まず当然ですが「出会わない・襲われない」が原則であり、出没情報を確認し複数人で行動しながら鈴やラジオで存在を知らせるなど予防策を徹底することが最優先です。万一目の前にクマが現れても走らず騒がず、ザックを背負ったまま視線を外さずにゆっくり後退し、驚かせる大声や急な動きを控えて距離を取ります。クマは背中を見せて逃げる対象を追いかける習性があり、急に背を向けて走ると攻撃される可能性が高まります。クマが威嚇突進を見せても多くは途中で止まるため落ち着いて後退を続け、スプレーがあれば風下を確認して噴射の準備をします。以上が「まずクマを見かけたとき」の大前提です。
こうした中、秋田大学の研究者たちはこの疑問に挑みました。
研究のきっかけは「実際の救急医療の現場で、うつ伏せによる防御姿勢をとったことで重症化を免れた事例を経験」を見て、その有効性を実データで検証しようと考えたことでした。