人型ロボットが奏でる新たなビート

このロボットドラマーの登場は、SFのような空想ではなく、実際の研究成果として生まれたものです。
これまで人型ロボットは、荷物を運んだり高齢者を支援したりと、実用的な作業を手伝う目的で使われてきました。
これらの作業は「目的地に到着する」「物を運ぶ」といった、動きが一度で完結するゴール重視のタスクが中心でした。
一方、楽器演奏のような表現活動は、そうしたゴール型とは異なり、演奏中ずっと続くリズムや動きを保つことが大切な「プロセス重視型のタスク」です。
ドラム演奏の場合、瞬間ごとの正確なタイミングだけでなく、両手両足を別々に動かす全身の協調性、さらには音楽ごとのリズムのズレや、叩く太鼓の数の違いにも柔軟に対応する力が求められます。
つまり、時間的にも空間的にも複雑で、ロボットにとってはとても難しい挑戦なのです。
この分野はこれまであまり研究が進んでおらず、過去の研究ではピアノや簡単な打楽器のように、限られた範囲の動きだけに集中したものがほとんどでした。
そうした中で、スイス応用科学芸術大学(SUPSI)とIDSIA研究所、そしてイタリアのミラノ工科大学(Polimi)の研究チームは、「もし人型ロボットが音楽を演奏できたら?」という発想からこのテーマに挑戦しました。
なかでもドラム演奏を選んだ理由は、テンポの維持、広い範囲への腕の移動、そして全身の動きを同時に必要とするため、ロボットの動作学習にとって非常に良い訓練材料になるからです。
研究の目的は、強化学習と呼ばれるAIの学習手法を使って、さまざまな曲を安定したタイミングで演奏できるロボットの仕組みを作ることでした。
強化学習とは、うまくできた行動にはご褒美(報酬)を与え、失敗すれば減点することで、ロボットが自ら良い動きを覚えていく方法です。
今回の研究では、楽曲の中で「いつ・どの太鼓を叩くか」という情報を、「リズミック・コンタクト・チェーン(RCC)」という形式に変換してロボットに与えました。
このRCCをもとにロボットが練習を重ねた結果、単に見本をなぞるのではなく、自分で効率のよい叩き方を工夫しながら、多くの曲を学んでいきます。
ロボットたちはいったいどんな過程を経て自然に人間らしい動きを獲得したのでしょうか?