【農研】害虫を騙して「ふ化」させ餓死させる、新化合物を発見
【農研】害虫を騙して「ふ化」させ餓死させる、新化合物を発見 / /Credit:大量合成可能なジャガイモシロシストセンチュウ ふ化促進物質を発見
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【農研】害虫を騙して「ふ化」させ餓死させる、新化合物を発見

2025.10.22 18:00:30 Wednesday

ジャガイモの害虫として世界的に深刻な問題となっている「ジャガイモシロシストセンチュウ」を効果的に駆除するための新たな方法が、農研機構・日本曹達・北海道大学の共同研究(東京大学の化合物ライブラリー協力)によって発見されました。

この方法では、害虫の卵を騙してジャガイモが育っていない時期にふ化を促す化合物を使い、餌がない状態でふ化させることで幼虫を餓死させます。

実際に畑で行われた試験では、土の中にいる害虫の数を最大で約90%も減らすことに成功しています。

害虫に自らのタイミングで餓死を選ばせるという、これまでにない防除方法ですが、いったいどのような仕組みで害虫を騙すことができたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月13日に『Plant Disease』でオンライン先行公開されました。

大量合成可能なジャガイモシロシストセンチュウ ふ化促進物質を発見 https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/harc/170598.html
Discovery of hatching stimulants for Globodera pallida with simple chemical structures and their application for nematode density reduction in soil https://doi.org/10.1094/PDIS-03-25-0667-RE

根絶できない害虫 鍵は“目覚ましスイッチ”だった

「害虫に無駄な孵化をさせて自滅させることはできないのか?」そんな夢のような防除策が現実味を帯びてきました。

ジャガイモシロシストセンチュウと呼ばれる線虫は土の中に潜み、じゃがいもの根に取り付きます。

被害が深刻になれば収穫量が大幅に減ることが報告されています。

2015年にはついにこの線虫が日本国内でも確認され、緊急防除(緊急駆除措置)が行われました。

従来から対策は、捕獲作物(線虫を誘い出して退治する作物)を使った方法です。

捕獲作物とは線虫の卵を孵化させる物質を根から出す一方で、自身には線虫への強い抵抗性がある植物のことです。

線虫にとっては「餌があるぞ」と勘違いして飛び出したものの、寄生先の作物では繁殖できずそのまま餓死してしまう、いわば生体トラップのような方法です。

しかしこうした線虫の駆除には一つの手段だけでは十分とは言えません。

メスの線虫は一生に数百個もの卵を産み、自らの体を硬い殻に変えてシスト(胞子のうのようなもの)となり、その中で卵を保護します。

シスト内の幼虫は低温や乾燥、殺線虫剤にも耐える休眠状態に入り、次の宿主植物が現れるまで土壌中で10年以上(報告によっては20年以上)生存が可能です。

一度汚染された畑から線虫を根絶することが極めて難しいのは、こうした“卵の待ち伏せ”戦術によるイタチごっこが続くためです。

コラム:自らを犠牲にする壮絶な生存システム「シスト」

「シスト(cyst)」とは、卵を守るための「生きたカプセル」のようなものです。メスの線虫は植物の根に寄生し、そこで卵をたくさん産みます。その後、メス自身の体は徐々に硬く、丈夫な殻状の組織へと変化を始めます。やがて生き物だったその姿は消え失せ、「卵を守るためだけの構造体」になります。専門家の記述を借りれば、「死んだ雌の体が卵を守る硬い殻になる」──これがシストの正体です。言い換えれば、母親自身の命と引き換えに「卵を守る安全なゆりかご」が作られるという、壮絶な生存戦略なのです。本文でも述べたように、シストの表面は硬くて頑丈なので、乾燥や寒さ、高温、さらには薬剤などの過酷な環境にも耐えられます。まさに卵にとっての完璧なシェルターであり、この中にいる卵は何年も休眠状態で生き続けられるのです。実際、土の中で10年、あるいは20年以上もそのまま卵を保護し続けることも可能とされています。シストという仕組みは、線虫にとっては生存の知恵ですが、人間にとっては非常に厄介な存在です。硬い殻で守られた卵は簡単には取り除けず、一度畑がシストで汚染されると完全に根絶することが困難になってしまうのです。

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ジャガイモシロシストセンチュウのふ化幼虫(左)とばれいしょの根に寄生して成育した雌成虫 (乳白色の丸い粒)とシスト(茶褐色の丸い粒)/Credit:大量合成可能なジャガイモシロシストセンチュウ ふ化促進物質を発見

そこで鍵を握るのは害虫の「目覚ましスイッチ(ふ化スイッチ)」です。

ジャガイモシロシストセンチュウの卵は、ジャガイモの根が出すふ化促進物質(卵を孵す合図となる化学物質)に反応して孵化するという習性を持っています。

言い換えれば、寄主からの「合図」がなければ卵はいつまでも眠ったままです。

しかし逆に、卵を騙してタイミングを誤らせることができればどうでしょうか?

本来なら餌となるジャガイモが近くにある時だけ孵化するはずの線虫卵を、ジャガイモ不在のときに目覚めさせてしまえば、生まれた幼虫は行き場を失って数週間で餓死してしまいます。

研究者たちは、この線虫の自殺ふ化(じさつふか:自分で自分を餓死させる孵化)という現象に着目しました。

実際に「寄主のいない状況で線虫に孵化してもらう」ことができれば、農作物への被害が出る前に線虫密度を下げられるはずです。

これは害虫対策として理想的なシナリオですが、長年それを阻んできた壁がありました。

その壁とは、肝心の「孵化の合図」を人工的に再現する手段がなかったことです。線虫を目覚めさせる物質自体はすでに知られていましたが、それは植物が生み出す天然物質で分子構造が非常に複雑でした。

代表的な天然の孵化促進物質である「ソラノエクレピンA」は、なんと合成に52段階もの化学反応を要するほど複雑な構造なのです。

これでは実験室レベルで判明しても大量生産は難しく、とても農業現場で使える代物ではありません。

このため、「合図をハックして害虫を誘い出す」という発想自体は魅力的であっても、長年実用化には至っていませんでした。

では、構造が単純で大量合成できる孵化促進物質は見つからないのか? 研究グループはこの難題に挑んだのです。

次ページジャガイモを守る“自殺ふ化”の科学 害虫を騙す分子トリック

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