シュレーディンガーの猫を「時空のゆらぎ」で解く――時空を量子化しない理論の挑戦
シュレーディンガーの猫を「時空のゆらぎ」で解く――時空を量子化しない理論の挑戦 / Credit:Canva
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シュレーディンガーの猫を「時空のゆらぎ」で解く――時空を量子化しない理論の挑戦

2026.07.07 19:20:33 Tuesday

体重計に乗ります。

数字がピタッと止まります。

「よし、今日はこの体重だ」と納得する——誰もが日常的にやっていることです。

しかし、ある理論が正しければ、その数字は本当の意味では「確定していない」のかもしれません。

原因はあなたの体ではありません。

あなたが立っている足元の「時空そのもの」が、ほんのわずかに、けれども根本的に「ゆらいでいる」からだ——というのです。

もちろん、そのゆらぎは現在の体重計では絶対に検出できないほど微小なものです。

しかしそれは測定器の性能の問題ではなく、この宇宙のルールそのものに刻まれた不確かさだといいます。

この大胆な仮説を提唱しているのは、イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のジョナサン・オッペンハイム教授らのグループです。

彼らはこの仮説を「面白い思いつき」にとどめず、きちんと計算できる理論として仕上げてきました。

しかもこの理論は、「シュレーディンガーの猫」でおなじみの”重ね合わせがなぜ一つに定まるのか”という謎——つまり「観測とは何か」という百年来の難問にまで、別のルールを付け足さずに答えを与えます。

その鍵になるのが、ほかならぬ「時空のゆらぎ」なのです。

今回は、この長年練り上げられてきた理論を紹介しつつ、それを支える新たに物理学のトップジャーナル『Physical Review X(PRX)』に受理された成果についても見ていきます。

New theory seeks to unite Einstein’s gravity with quantum mechanics https://www.ucl.ac.uk/news/2023/dec/new-theory-seeks-unite-einsteins-gravity-quantum-mechanics
Covariant path integrals for quantum fields backreacting on classical space-time https://doi.org/10.1103/2rcd-dzcf A Postquantum Theory of Classical Gravity? https://doi.org/10.1103/PhysRevX.13.041040

水と油の二大理論

水と油の二大理論
水と油の二大理論 / Credit:Canva

現代の物理学は、2つの大きな柱に支えられています。

1つは目に見えないほど小さな粒子を説明する量子力学です。

もう1つは時空の歪みが重力になるとするアインシュタインの作った一般相対性理論です。

この2つの理論はどちらも、それぞれの担当範囲では驚くほど正確に自然を説明し、実用化が進んでいます。

問題は、この2つが「水と油」のように混ざらないことです。

量子力学が最もうまく機能するのは、時空を固定された背景として扱える場合です。

劇場の床が動かないからこそ、小さな粒子の動きを正確に計算できるのです。

ところが重力を量子化して考えると、量子の性質を獲得した重力は「複数の値を同時にとる」という不確かな存在になってしまいます。

また重力の本質が「時空の歪み」ということは、重力の量子化に連動して時空の量子化も起こり得ます。

時空がゆらぎ、重ね合わさり、はっきりと決まらなくなる——そういう世界を受け入れる、という意味になります。

しかしこれが思いのほか困難でした。

この難所を超えるため、物理学は有力なアプローチに分かれました。

それが、昔から有名なひも理論と近年になって注目されているループ量子重力理論の2つです。

ひも理論は、物質も時空も、すべては目に見えないほど小さな「弦」の振動から生まれると考えます。

ループ量子重力理論は、なめらかに見える時空を、細かく編まれたループで作られた網の目と考える。

両者の隔たりは大きいですが、重力理論のほうを量子力学に合わせて書き換える「量子化」を行うという点は同じです。

そしてこれらは小さな世界(量子)と大きな世界(空間の歪み:重力)を統一する候補として、現在でも盛んに研究が行われています。

ただ両者には共通の弱点もありました。

理論が予測する現象が、現在の技術ではとても観測の手の届かないエネルギースケール(プランク長レベル)で起こるため、実験で確かめるのが極めて難しいのです。

そこで、UCLのオッペンハイム教授は切り口を変えました。

「みんな時空を書き換えて量子に寄せようとしている。でも逆に、量子論のほうを書き換えて時空に寄せたらどうだろう?」と。

このアプローチでは、重力は量子化しません。

代わりに、量子力学の側を修正して、時空と量子がケンカせずに共存できるようにするのです。

いわば、弦理論でもループ量子重力でもない「第三の道」と言えます。

次ページ重力は「知りすぎて」しまうのか?

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