文字は次第に「シンプルな形」になっていく?
研究チームは、この洞察を得るために、19世紀に西アフリカのリベリアで誕生した珍しい文字体系「ヴァイ文字」に注目しました。
このヴァイ文字は1833年頃に、モモル・ドゥワル・ブケレという人物によって発明されたと言われ、近代に計画的に作られたかなり新しい文字体系です。
ブケレは、アラビア文字やラテン文字、チェロキー文字に造形が深く、読み書きのできない地元民のためにヴァイ文字を考案しました。
ヴァイ文字は基本的に、私信や個人の記録として使われることがほとんどだったため、あまり形式は洗練されていませんでした。
そのため文字の数も必要に応じて増えていき、音節表を埋めるために1962年までに200あまりの文字が作られました。
しかし、ヴァイ文字は教育現場で公式に教えられるものではなく、個人間で直接伝授されるようなものだったため、結局使用者の大半は40〜60文字程度しか区別できていなかったようです。
研究主任の一人で、ニューイングランド大学(University of New England・豪)のピアーズ・ケリー(Piers Kelly)氏は、そんなヴァイ文字に着目した理由を次のように説明します。
「ヴァイ文字の孤立性や、現代に至るまで発展し続けている点は、短い期間で文字がいかに進化するかについて重要な示唆を与えてくれると考えました」
文字は一般に、具体的な絵から抽象的な記号に進化していくという通説があります。
たとえば、エジプトの象形文字(ヒエログリフ)の「牛の頭」の文字は、形を変えてフェニキア文字に取り入れられ、やがてローマ字のAへと変化していきました。
しかし、初期の文字には抽象的な形もたくさん存在し、この説が一概に正しいとは言えません。
代わりとして研究チームは「文字は最初、比較的複雑な形で作られ、その後、新しい世代の書き手や読み手の間で単純化されていくのではないか」と仮説を立てました。
そこで本研究では、リベリア、アメリカ、ヨーロッパの公文書館に保管されているヴァイ文字の原稿を収集し、精査を開始。
200の文字の年ごとの変化を分析し、1834年以降の文字の進化史をすべて追跡することに成功しました。
さらに、視覚的な複雑さを測定するための計算ツールを適用した結果、ヴァイ文字は年を追うごとに視覚的に単純化されていることが判明したのです。
例として、下の表を見てください。
左の列がヴァイ文字の最初期の形で、上から「人」「頭」「火」「母(または大きい)」を意味します。
それが右列の現在の形になると、絵に近い状態から記号的に簡略化されていることが分かります。
こうした簡略化のパターンは、古代の文字体系でも、もっと長い時間スケールにおいて観察することができます。
ケリー氏は、文字の簡略化について次のように説明します。
「新しい文字体系が生まれる場合、視覚的な複雑さが有効に働きます。
手がかりを増やし、記号間の違いを大きくすることで、読み書きのできない学習者でも簡単に識別できるからです。
しかし、初期の複雑さは、のちに効率的な読み書きの習得には妨げとなります。
そこである文字が新たな人々に教えられる中で、複雑な部分は削除され、よりシンプルな形に変化していくのでしょう」
確かに、ローマ字や漢字は書き慣れてくると、筆記体のように簡略化して書くことがあります。
それと似たようなことが、長いスパンをかけて、一つの文字体系にも起こっているのかもしれません。