天空を映し出す「水鏡」だった
研究チームは、2002年から2020年にかけて、人工プール(52.5×37メートル)の詳細な調査を行いました。
まず注目すべきは、プールの端にギリシャ神話のポセイドンに近いとされる神・バアル(Ba’al)の神殿が見つかったことです。
ニグロ氏は「もしプールが軍港であれば、神殿ではなく、軍備や港に必要な施設を置くはずだ」と指摘します。
さらに、プールに貯まっていた水を抜いたところ、盆地は海には繋がっておらず、なんと淡水が湧き出ていることが判明しました。
他にも、複数の祭壇、「ステラ」と呼ばれる彫刻の施された石版、奉納品(宗教的な目的のために人々が置いていったもの)、プールの中央にかつてバアル神の立像があったと見られる台座などが、次々と見つかります。
ニグロ氏は、「決定的だったのは、2つの手がかりが見つかったこと」だったと話します。
1つは、海の方向に向かってプールを塞ぐ頑丈な壁の発見。
もう1つは、プールが海水でなく、地下帯水層から真水を集めていたことです。
これらの証拠から、人工プールは神へ捧ぐ目的、あるいは地中海を旅する際の真水をためる目的があったと見られます。
夜空に浮かぶ「星座」に合わせた設計
さらにチームは、このプールが「特定の星座を映し出すように設計された証拠」を発見しました。
まずプールは、ぎょしゃ座で最も明るい1等星の「カペラ(Capella)」が、秋分の日に北に昇る様子を映し出すのに適した配置にあります。
それから、プールの南側にあるステラ(石版)は、夜空で最も明るい星である「シリウス(おおいぬ座α星)」が、秋分の日に南から昇ってくる位置を指し示していました。
また、バアル神と同一視される「オリオン座」(ギリシア神話のオリオンはポセイドンの子とされる)は、冬至に東南東に昇り、モティアの神殿はまさにこの方角を向いていたのです。
以上のことから、ニグロ氏は「人工プールを含む聖域は、夜空の星座の動きに合わせた一種の”天球儀”だった可能性が高い」と結論します。
サッサリ大学(University of Sassari・伊)の考古学者で、研究には参加していないミケーレ・ギルギス(Michele Guirguis)氏は、こう述べています。
「これらの証拠は、盆地が船のための内港ではなく、神聖な池であるという新しい解釈を支持しています。
もし、ニグロ氏にプールの水を抜く勇気がなかったら、モティアの民が守ってきた真水の水脈が見つかることもなかったでしょう。
個人的には、氏の提案した解釈に全面的に同意します」
聖なるプールは現在、再び淡水が張りなおされ、中央の台座にはバアル神のレプリカ像を設置しています。
ありし日の聖なるプールは、このような姿だったのかもしれません。