火星の大気中で「音」はどう伝わるのか
光の速度は定数として知られていますが、音速には普遍的な定数の速度があるわけではありません。
それは伝わる媒体の密度や温度によって変化していきます。
音とは振動であり、それが空間を満たす原子の運動として伝わっていきます。
そのため、音は密度が高い場所ほど速く伝わります。
気温20℃の地球大気中では、音は秒速343メートルで伝わっていきます。これが水中だった場合、秒速1480メートルになり、鋼を伝わらせた場合は、秒速5100メートルに達します。
火星の大気は、地球よりはるかに希薄です。
地球の大気圧が約1.2 kg / m3であるのに対して、火星の大気圧は約0.02 kg / m3です。
当然、この条件だけをみても、火星における音の伝播の仕方は地球と異なります。
しかし、火星にはさらに音の伝わり方を複雑にする要因が存在しています。
それが独特の大気組成や温度変化です。
火星では太陽の熱を留めたり遮ったりする要因が少ないため、日中の間、太陽光が地上を照らした場合は、強い乱流(対流上昇気流)が生じます。
また、火星大気に含まれる独特の化学組成も音の伝わり方に影響を与えます。
そのため火星で大気中を伝わる音は、単に地球より遅れるというだけでなく、もっと独特の特徴を持つ可能性があるのです。
高周波の方が速く伝わる?
今回、その検証に使われたのが、火星探査機パーサヴィアランスに搭載された「SuperCam」というマイクです。
このマイクの本来の用途は、火星表面の岩石などをレーザーで砕いた際の音を収録することです。
これはNASAが公開している実際にレーザーが岩石に当たっている音です。カチカチと聞こえるのがその音だといいます。
叩いたものが出す音を聞くことで私たちは、それがどんな材質なのかある程度推測することができますが、そのもっと高度なバージョンを行えるのがこのシステムです。
パーサヴィアランスの「SuperCam」は地上から2.1メートルの高さにあります。
これがレーザー発射から、集音するまでの時間を測定することで、火星表面での音速を測定したのです。
こうして計算された火星の地表付近の音速は秒速240メートルでした。
これはもともと予想されていた火星の音速を裏付ける結果です。
しかし、火星で伝わる音波の特性は、それだけではありません。
「火星は、表面近くの大気が主に低圧の二酸化炭素分子で構成されています。そのため火星は可聴帯域(20ヘルツ~2万ヘルツ)の中央付近で音速が変化する太陽系で唯一の惑星です」
研究者はそのように語ります。
音は空気の疎密波として伝わります。これは大気中の分子に音が当たって押され密度が高まった後、また離れて密度が下がるという振動です。
低圧の二酸化炭素では、この疎密波の振動が遅くなってしまうため、次から次にバンバンぶつかってくる高周波の音に対しては、もとに戻る十分な時間が確保できません。
これにより、240ヘルツを超える周波数では、音の伝わり方が低周波の場合よりも毎秒10メートル近く増加してしまうというのです。
つまり、低圧二酸化炭素の火星大気では、低い音より高い音が速く伝わることになるのです。
音は伝わる速度によって、私たちには違った高さに聞こえる性質があります。
そのため火星では、低い音はより低く、高い音はより高く聞こえる可能性はあるかもしれません。
たとえばヘリウムを吸うと甲高い声に変わるのは、軽くて動きやすいヘリウムを喉や肺に取り込むことで、体内を進む音が速くなるためです。
とはいえ、現実の音はさまざまな周波数成分の複合です。
周波数で伝わる速度が変わるという火星では、しゃべったときどう聞こえるかは、ちょっとイメージが難しいでしょう。
チームは今後、火星の日ごとや季節における温度変化も含めて、火星の音速がどのように変化するかを観察していく予定だといいます。
ぜひ、火星の音の聞こえ方を再現した音源を作ってみてもらいたいですね。