「空気のスーツ」をまとって水中に潜伏
このクモは、サヤアシグモ科(Trechaleidae)の一種で、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、コスタリカ、パナマなどの中南米に分布します。
小さな胴体と細長い脚を用いて、すばやく移動するのが特徴で、これまで水中に逃げる習性は知られていませんでした。
研究チームは今回、熱帯林でのフィールドワーク中に、このクモが研究員から逃げて、水中に身を隠す行動を発見したといいます。
そして、そのまま観察を続けたところ、クモは30分間も水中に留まることができたのです。
研究主任のリンジー・スワイヤーク(Lindsey Swierk)氏は、こう話します。
「陸上の多くの生物種にとって、水に濡れて熱を奪われることは、捕食者に対処することと同じくらい生存に関わる危険なことです。
にもかかわらず、サヤアシグモが水中に潜伏し、しかもこれほど長い時間とどまっていられることは驚きでした」
空気による呼吸が不可欠であるはずのクモが、なぜ水中にとどまれたのか?
その秘密は全身を覆う細かな毛にあります。
このクモの微毛には、水をはじく「はっ水作用」があり、毛と毛の間に空気を溜め込むことで、全身を「空気の膜」で覆うことができるのです。
上の画像は水中に潜ったクモを撮影したもので、クモの体が銀色に光って見えるのは、空気の膜をまとっているためです。
スワイヤーク氏は「この膜が、呼吸口への水の侵入や、水中での熱損失を防ぐのに役立っているのでしょう」と指摘します。
同じような方法を取るクモとしては、世界で唯一水中生活に適応した「ミズグモ」が有名です。
ミズグモは、お腹にびっしり生えた微毛で空気の膜をつくり、この空気膜を巧みに利用して、葉裏にエアバルーンを設けます。
これが、水中での呼吸口や休憩所として機能するのです。
しかし、今回のサヤアシグモは普段、陸で生活する種であるため、驚きもより大きいと言えるでしょう。
一方で、こうした生物たちの避難行動は、縄張りを放棄したり、仲間を犠牲にしたり等、常に何らかのリスクと表裏一体にあります。
水中への避難の場合は「呼吸の欠如」と「熱の喪失」がリスクとして挙げられ、サヤアシグモが空気膜だけで、どれだけ対応できているかは今後の課題となります。
また、スワイヤーク氏は以前にも、中米コスタリカに生息するトカゲが、鼻先にエアポケットをつくることで16分間も潜水できることを報告していました。
熱帯の陸上生物にとって、水中への避難はかなり有効な天敵対策なのかもしれません。