緑内障の早期発見と治療のために
アメリカ保健指標評価研究所(IHME)のジェイミー・スタインメッツ(Jaimie Steinmetz)氏は、2020年に緑内障の世界的データを分析した研究で、「緑内障は早期に発見できれば、ほとんどの場合、病状の悪化を阻止するか遅延させることが可能」と報告しています。
しかし、緑内障は最初に周辺視野から損なわれるため、一般に発見が困難で、患者本人も気づかないことが多々あります。
また、診断に使用される機器では、日常の中で変動する眼圧のスナップショットしか測定できません。
そのため、スタインメッツ氏は「眼圧状態の監視システム改善や早期治療の向上が重要である」と強調していました。
そこで中山大学の研究チームが注目したのは、コンタクトレンズです。
目にぴったりと密着するコンタクトレンズは、視力矯正や眼疾患の治療法として大きな魅力を持っています。
その一方で、小型かつ柔軟で、湾曲した極薄のレンズに、電気回路やセンサーを組み込むことは、非常に難度の高い技術です。
また、緑内障を治療するコンタクトレンズを作るには、眼圧の変化をすばやく察知して適量の薬剤を放出し、それでいて視界を塞いだり、目を刺激しないようにしなければなりません。
スマートコンタクトレンズの仕組みとは?
チームの開発したコンタクトレンズは二重構造になっています(下図を参照)。
まず、上部レンズと下部レンズの間に、眼圧の変化を感知する電子回路を挟み、下部レンズの下に、抗緑内障薬である「ブリモニジン」をコーティングした薄膜をセットします。
レンズの間に挟まれた電子回路は、くの字型のカンチレバー式(下図の紫部分)になっており、そこに極薄の「エアーフィルム(空気膜)」を引っ掛けています。
このエアーフィルムが眼球からの外圧で圧縮されると、電子回路が眼圧の変化を検知する仕組みです。
そして、眼圧が危険なレベルに達すると、ワイヤレスでブリモニジンが放出されます。
ブリモニジンは、イオントフォレシス(iontophoresis、生体組織に物質を送達するために電流を用いる技術)によって、レンズの裏側から角膜を通過して眼球内に流れ込みます。
また、複数の電子回路はコンタクトレンズの外縁に配置されているため、装着者の視界を遮ることもありません。
現時点では、ブタとウサギに装着したテストが実施され、眼圧を軽減させることに成功しています。
ただし、人で臨床テストをするには、まだ多くの研究が必要とのことです。
中山大学の電気技師で、本研究主任のチェン・ヤン(Cheng Yang)氏は「このコンタクトレンズは特に、急性の原発閉塞隅角緑内障の治療を目的として設計している」と話します。
原発閉塞隅角緑内障は、毛様体で作られた房水が虹彩と水晶体の間を流れにくくなり、溜まってしまうことで、眼圧を上げてしまう症状です。
これには急性と慢性がありますが、急性の場合、眼球内の液圧が突発的に上昇し、一晩で失明してしまうケースもあります。
また、眼の痛みや激しい頭痛、嘔吐などを伴うという。
しかし、スマートコンタクトレンズが、急激な眼圧上昇を察知して、すばやく薬剤を投与できれば、最悪の事態を防ぐことができるでしょう。
さらにチームは、このレンズの製造方法が、コンピューターの回路基板を作るのに使われている、大規模でコスト効率のよい製造プロセスと互換性があるため、容易に大量生産も可能と述べています。
近い将来、このコンタクトレンズが、緑内障治療の主流となるかもしれません。