勘違いされがちな量子テレポーテーション技術
量子テレポーテーションはあちこちで解説されているため、耳にしたことがある人は多いでしょう。
そうした解説を聞いた際、テレポーテーションといいつつ、瞬時に情報が伝わる技術ではないよ、という説明をされて困惑した人も多いかもしれません。
そのため、まずは量子テレポーテーションという通信方法が何をするものなのか、イメージをきちんと作ってから今回の研究の解説に入りましょう。
量子テレポーテーションという用語は、アインシュタインがボーアを批判する目的で作ったEPR思考実験の中から登場した理論です。
EPR思考実験がどういうものなのか、という点についてはここでは割愛します。
飛ばすなよ、という人は下の記事で解説しているので参照してみてください。
量子テレポーテーションでは、もつれ状態の2つの粒子がそれぞれ反対の状態で重なり合っていると考えます。
例えば、電子スピンなら右回転と左回転の2つの状態を2つの粒子が重ね合わせて持っている状況です。
このとき、片方の粒子を観測すると、もう片方の状態が確定します。
もし観測した電子のスピンが右回転だったら、もう片方の電子のスピンはその瞬間に左回転に決定されるということです。
最初から決まってたんじゃないの? と思う人もいるかもしれませんが、そうではありません。見た瞬間に決まるのです。
そのため、観測されていない方の電子は、双子の電子が観測されてどっちの状態だったのか? という情報を、光の速度を超えて瞬時に受け取ったことになります。
これを量子テレポーテーションと呼びます。
通常この手のお話しは、情報送信者であるアリスが、ボブに情報を送ろうとした場合という例え話で説明されます。
イギリスのアリスが、日本にいるボブにもつれ状態の電子の片方を送り、その後観測結果を伝えた場合、ボブは電子を見なくてもその状態を知ることができます。
ただ、これだけだと何がスゴイのかまるで意味がわかりません。
量子テレポーテーションは単品で使っても何の意味もないのです。
これだといちいちもつれ状態の粒子をやり取りする必要もありません。
そこでアリスは、もつれ状態となった2粒子の片方をさらに別の粒子と絡め合わせます。
この別の粒子こそが本来送信したい情報である量子ビットです。
そしてアリスは、この2粒子を見分けがつかない状態で観測します。これをベル測定といいますが、その結果をボブに古典通信で伝えるのです。
ボブはアリスからもらったベル測定の結果と、手元のもつれ状態の粒子の観測結果と合わせて計算します。
すると、ボブの手元には存在しない量子ビット(粒子X)の状態を知ることができるのです。
つまり一切やり取りしていない量子ビットが、ボブの手元にテレポートするわけです。
これがいわゆる量子テレポーテーション通信です。
何となく分かると思いますが、この方法は通常の古典通信を使わなければ成立しないため、結局テレポーテーションと言いながらも、通信速度は従来の通信と何も変わりません。
1万光年離れた宇宙区間同士で量子テレポーテーション通信をした場合、最大速度の光速で情報をやり取りできたとしても、結局1万年かかります。
じゃあ、なんでわざわざこんな手間のかかる通信をするのかというと、この通信では第三者が盗聴をすることが理論上不可能だからです。
最初にアリスはもつれ状態の粒子Bをボブに送ります。
もし第三者がこの粒子を盗聴した場合、もつれ状態が破壊されてしまうため、アリスとボブは即座に通信を取りやめることができます。
では、ベルの測定結果だけ盗聴したらどうでしょうか?
当然この測定結果だけでは何の意味も持ちません。もつれ状態の粒子Bの観測をしなければ、送信したかった本来の情報である粒子Xの状態は再現できないのです。
こうした理由で量子テレポーテーションは次世代の秘匿性の高い通信技術として注目されているのです。
この技術はこれまで実現に向けてさまざまな研究がなされています。
しかし、実現にはまだほど遠いのが現実です。
さきほど、イギリスと日本間の通信として例えを出しましたが、実際にはそのような長距離通信はこの技術では実現できません。
その最大の理由が、この技術の要となるもつれ状態の粒子(光子)が非常に不安定なため、もつれ状態を維持したまま長距離を運べないためです。
光ファイバーでもつれ状態の光子を送信すると損失が大きすぎて、途中で消失してしまう可能性が高くなります。
これまでの研究で、数十キロメートルの通信を成功させた例もありますが、大幅に通信距離を伸ばすことは難しいだろうと考えられています。
そこで重要となるのが、今回の研究技術です。