アインシュタインは量子力学の何が気に入らなかったのか?
第二次大戦の影響で米国プリンストン高等研究所に移ったアインシュタインは、そこでも量子論の矛盾を指摘するための方法について考えます。
しかしもうこの頃のプリンストン研究所には、生まれたときから量子論を聞いて育った若手物理学者が多く、いつまでも量子論に理解を示さないアインシュタインは、頭のおかしい”老害”だと思われていました。
そんな中で、アインシュタインに賛同して研究に手を貸してくれる二人の若手研究者が現れました。
それがポドルスキーとローゼンです。
そして3人は共同でコペンハーゲン解釈に疑問を投げかける論文を完成させます。
3人の頭文字を取ってEPR論文と呼称されたこの論文は、アメリカの物理学専門誌『フィジカル・レビュー』に掲載されて、大きな話題を呼びました。
このEPR論文が言っていることの要点は次のようなものでした。
【ある粒子(電子)AとBが一瞬だけ相互作用してお互い反対の方向へと飛び去ったとしましょう。
このときAとBの性質は相関を持っています。
Aの粒子の性質(例えば位置、または運動量)を測定すれば、反対方向に同じ距離を進んでいるはずのBの位置(または運動量)を知ることができるはずです。
この方法なら、Bに一切なんの観測をしなくても(運動をかき乱すことなく)、実在のBの運動量か位置を知ることができるはずです】
これは「観測することで粒子は現実の値を初めて得る」と主張するコペンハーゲン解釈と矛盾しています。
そのため、この主張はEPRパラドックスと呼ばれました。
この思考実験の内容は少し難しいので、何を言わんとしているかを箱の中のボールの色という問題にたとえて考えてみましょう。
赤いボールと青いボールがあり、この2つをそれぞれどちらに入ったかわからないように2つの箱にしまいます。
このとき、片方の箱を開いたら赤いボールが入っていたという場合、もう片方の箱の中は青いボールだとすぐ分かるはずです。
では、箱を開けて中身を見るまでの間、ボールはどうなっていると考えられるでしょうか?
アインシュタインは、単に我々が箱の中身を知らないだけで、箱の中のボールは赤、あるいは青に決まっていると考えました。
これがEPR論文の主張している内容で、これは極めて当たり前のことであるように思えます。
おそらくこの実験の意味を、アインシュタインの主張通りに理解している人は多いでしょう。
しかし、ボーアの主張はまったく異なります。
彼は、箱を開けるまで中身のボールの色は赤でも青でもなく2つが重なり合っていて確定していないと主張しているのです。
そして箱を開いた瞬間、ボールの色が決定されるというのです。
こうして比較すると、明らかにボーアの方がおかしなことを言っていて、アインシュタインは至極まっとうな主張をしているように感じられるでしょう。
そのため、アインシュタインは箱の中のボールの色を確定できないのは、単に必要な情報が不足している(隠れたパラメータがある)だけであり、それを明らかにできない量子力学は不完全な理論なのだと言ったのです。
もちろんボールの色はたとえ話です。
しかしボーアはEPR実験についても、2つの粒子は最初に相互作用して1つの系になっているのだから、Aを観測した瞬間に、その影響がBにも伝わって位置(または運動量)が確定し、予測が可能になるのだと主張しました。
普通に考えれば、Aを観測しただけで、何もしていない離れたBに力学的な影響が及ぶはずありません。
しかもボーアの主張では、この影響は、理論上2つの粒子が数光年という距離を隔てている場合でも、瞬時に伝わると言ったのです。
このためボーアの言うこの謎の影響を、アインシュタインは「不気味な相互作用」だと言って揶揄しました。
結局ボーアはEPR論文に対して、非常にあいまいで難解な解答しかできませんでした。
多くの物理学者が、アインシュタインは量子力学に対して再考を迫る決定的な一撃を与えたのだと感じました。
しかし、発表当初は盛り上がったものの、量子力学の理論は一貫して実験結果と一致しており、ボーアの解釈で使っていてもなんの問題も生じません。
そのため「結局はやっぱりアインシュタインがどこか間違ってるんじゃないか?」という雰囲気に落ち着いていってしまったのです。