水がない環境で生き残る

なぜクマムシは地球で暮らすにはオーバースペックな耐性を持っているのか?
謎を解く鍵は意外にも、古い文献に記されていました。
1775年頃、あるイタリアの科学者はクマムシを1滴の水の中に入れ、水が蒸発していくなかでクマムシにどんな変化が起こるかを観察していました。
(※クマムシは1773年、顕微鏡好きなドイツの牧師によって発見されました)
すると乾燥が進むとクマムシはダンゴムシのように丸まり、動かなくなりました。
乾燥したクマムシは97%の水分を失い、すり潰してみると、乾いた葉のように粉々になってしまいました。
しかし再び水が加えられると、乾燥していたクマムシは直ぐに元通りになって、30分後には水中で元気に歩き回っている様子が確認されます。
(※すり潰したものは死んだままでした)
また後の研究において乾燥中のクマムシが詳しく調べられた結果、乾燥して丸まっているクマムシは呼吸がとまり、酸素の消費も行われていないことが判明。
クマムシは生命活動を停止した完璧な仮死状態になることで、乾燥を耐えていたのです。
クマムシが乾燥耐性を進化させた理由は明らかでした。
クマムシは主にコケや地衣類の表面など湿った環境のなかで、単細胞植物を食べながら生活しています。
しかしコケや地衣類が表面に保持している水分量は極めて不安定であり、しばしば乾燥によって表面の水分が完全に失われることがあります。
そのため逃げることができないクマムシは、長期間にわたる乾燥を生き延びる術を進化させたのです。
同様の乾燥耐性は、僅かな水分をよりどころに生きているワムシや線虫など他の生物にも確認されています。
彼らは地球上のあらゆる湿った場所に住み着いており、氷河表面(の僅かな水)のような場所ですら生活することができます。
そして彼らに対する研究が進むにつれて興味深い事実が判明しました。
ワムシや線虫などの乾燥耐性がある生き物にはクマムシ同様に、強い放射線や凍結に耐える能力があったのです。
この奇妙な一致は、乾燥に対する耐性が放射線耐性や凍結耐性と連動している可能性を示します。
どうやら生物の細胞にとって「乾燥」とは、単に水分がなくなること以上の何かがあるようです。
細胞が乾燥するとき、いったいどんな変化が起こるのでしょうか?