「ノー」が存在しない言語
ネパール・トリブバン大学(Tribhuvan University)の言語学者であるマダブ・ポカレル(Madhav Pokharel)氏は、過去15年にわたり、クスンダ語の研究や記録を行ってきました。
ポカレル氏は、クスンダ語と周辺地域の言語(パキスタンのブルシャスキー語、インドのニハリ語など)との関連性を調べたものの、起源的なつながりはないことがわかっています。
「ネパールにある他のすべての言語グループは、ネパール国外から来た民族に由来していますが、その起源がわからないのはクスンダ語だけなのです」と、ポカレル氏は述べています。
つまり、クスンダ語は、世界のどの言語とも無関係な”孤立した言語”の可能性が高いのです。
言語学者らは現在、クスンダ語は、インド・ヨーロッパ語族やチベット・ビルマ語族が到来する以前に、ヒマラヤ山脈以南で話されていた古代先住民の言語の生き残りであると考えています。
その謎めいた背景と並んで、クスンダ語には、奇妙な言語的特徴がたくさんあります。
最も大きな要素の一つに、「文の否定を表す表現がない」ことが挙げられるでしょう。
日本語であれば、「お腹が空いていない」とか「今は外出したくない」のように、否定形を使って気持ちを表現します。
ところが、クスンダ語にはこれがありません。その代わり、肯定文の文脈によって正確な意味が伝えられます。
たとえば、クスンダ語で「お茶はいらない」と表現したい場合、否定形は使わずに、「私はお茶を飲む可能性が非常に低い」ことを伝えて表現するというのです。
それに応じて「イエス・ノー」といった明確な判断基準も存在しません。
加えて、「右・左」といった絶対的な方向を定める基準もなく、代わりに「〜のこちら側」「〜のあちら側」といった相対的な表現が使われます。
こうした、独特の性質や複雑さが、クスンダ語の継承を妨げる要因となったのです。
では、クスンダ語の未来を守ることはできるのでしょうか?