毛根の中心「毛包」を効率的に人工培養することに成功!
近年の急速な幹細胞技術の進歩により、人間の体のさまざまな部位を人工的に培養する人工培養臓器「オルガノイド」を作ることが可能になってきました。
毛根の中心的な存在である毛包もまた立派な体の器官の1種であり、人工的に培養できればハゲ治療に革命を起こすことが可能であると期待されています。
しかし意外にも、毛包の人工培養は困難を極めるものでした。
一見すると毛包は毛を生やすだけの簡素な臓器に思えますが、実は皮膚部分の細胞(上皮細胞)と肉部分の細胞(間葉細胞)という系統の異なる細胞が混在した、培養するのに厄介な器官なのです。
系統が同じ細胞を人工培養する場合、培養液の調整や管理はあまり難しくありませんが、系統の異なる細胞を含んだ臓器を培養するには、それぞれの細胞に応じた栄養分や成長剤が必要になります。
ですが一番の問題は、あらゆる細胞たちに普遍的に存在する、同じ系統同士でまとまり合おうとする性質です。
たとえば毛包を人工的に培養するときには皮膚部分の細胞(上皮細胞)と肉部分の細胞(間葉細胞)の2系統の細胞を上手く混ぜる必要がありますが、普通に混ぜただけではそれぞれがまとまって、雪ダルマのような2連団子(ダンベル構造)ができてしまい毛包にはなってくれません。
この結果は、生命は材料となる細胞を用意して混ぜるだけでは製造できないことを示します。
(※脳オルガノイドの場合は神経細胞という単一系統の細胞で構成されており、同じく神経細胞である目を生やすことも可能です)
材料(細胞たち)を毛包という複雑な構造に自己組織化させるには、異なる系統の細胞たちを仲良く隣り合わせにできるような処置が必要でした。
そこで今回、横浜国立大学の研究者たちは、混ぜ合わせた細胞たちに細胞間の接着剤の働きをする生体物質(マトリゲル)を加えることにしました。
(※マトリゲルはマウスの肉腫から抽出した成分であり、皮膚と肉の間に存在する基底膜という薄い組織を模倣するように作られています)
すると系統の異なる細胞たちの間の接着性の増加が起こり、雪ダルマのような2連団子(ダンベル構造)を作るのではなく、内部に複雑な毛包を形成するようになりました。
またこの方法で細胞塊に毛包が発生する効率を調べたところ、ほぼ100%であることが判明しました。
なお製造された毛包は1カ月ほど成長を続け、最大で3mmの毛を生やすとのこと。
研究者たちはこの1カ月という期間がマウスの毛周期と関係があるかもしれないと述べています。
さらに毛包に対して薬剤を使ってメラニン色素を合成するように促すと、生成される毛に含まれる色素を増加させられることが判明します。
通常の髪染めでは髪の毛に対して行われますが、この薬を使った方法は毛包細胞に対して作用することで毛に含む色素を制御することが可能である点が大きく異なります。
以前の研究では毛包が存在する軟骨や神経を含む大きな皮膚組織ごと製造する方法が用いられていましたが、今回の研究により毛包に的を絞った効率的な人工培養が可能になりました。
しかしより興味深い結果は、人工培養された毛包を移植することで明らかになりました。
(注意:次ページでは毛のないマウスに毛包を移植し毛をはやした画像が表示されます)