最も低い声を出すときは「偽声帯」を使っていた
コウモリの鳴き声は1~120キロヘルツ(kHz)という、人間の可聴域(20ヘルツ〜20キロヘルツ)をはるかに超えた驚異的な周波数域をカバーしています。
高い周波数の鳴き声はエコロケーション(反響定位)に、低い周波数の鳴き声はコウモリ同士のコミュニケーションに使われることが分かっています。
研究チームは今回、コウモリがこれほど幅広い周波数域をどのように出しているかを探るべく、ある実験を行いました。
チームは野生下で「ドーベントンコウモリ(学名:Myotis daubentonii)」の成体8匹を捕獲し、安楽死させた後、咽頭器官を慎重に摘出。
そのうち5匹の咽頭器官を、発声のダイナミクスを再現するための実験装置に取り付け、気流を与えながらコウモリの自然な発声を模倣してみました。
その間、咽頭器官が振動する様子を1秒間に25万フレームというハイスピードで撮影し、どの周波数でどの位置が使われているかを記録します。
分析の結果、通常の声帯は10〜95キロヘルツの範囲の周波数で振動していることが分かりました。
これはエコロケーションの鳴き声と一致する周波数の範囲です。
一方で、1〜5キロヘルツという最も低い周波数を再現したところ、「偽声帯」が振動することが判明したのです。
こちらが偽声帯の振動する様子を捉えた映像で、研究主任のヨナス・ハカンソン(Jonas Håkansson)氏は「コウモリの偽声帯の振動が直接撮影されたのは今回が初めてだ」と話します。
この結果からハカンソン氏は「コウモリが低いうなり声を出す際は、偽声帯を用いている可能性が高い」と述べています。
偽声帯は咽頭の上部に位置しており、ヒトにおいては普段の話し声や歌声の生成には直接関与しません。
それらは一般に「声帯を保護し、喉内部の圧力を維持し、声を形成するのに間接的に役立っている」と考えられています。
偽声帯が直接音を出すのに関与するのは、デスメタルのような特殊な発声の場合だけです。
よってコウモリは、エコロケーションに使う高いハイトーンボイスだけでなく、メタル歌手のようなデスボイスも出せると言えるでしょう。
デスボイスは仲間に喧嘩を売るため?
しかし、この極端に低い声が野生下では何の目的で使われるのかは解明されていません。
そこでチームは、追加で9匹のコウモリを捕まえ、発声を記録し、どの周波数の声がどんなシチュエーションで使われるかを観察しました。
すると、そのうちの3匹が実験者に触られたり、捕まれた状態のまま寝ぐらに戻されたときに低いうなり声を発したのです。
これは低い声の用途を知る手がかりとなるでしょう。
同チームのラッセ・ヤコブセン(Lasse Jakobsen)氏は「あるものは攻撃的に見え、あるものは苛立ちの表現のように思われた」と指摘しています。
このことから低いうなり声は、敵対するコウモリ同士や、他のコウモリへの挑戦や警告の意味合いを持っている可能性があるようです。
研究チームは「まだそれと断定するのは早計で、さらなる調査が必要である」と話しますが、もしかしたらコウモリの世界では、”デスボイス”で仲間に喧嘩を売るのがお決まりなのかもしれません。