障害を負った子どもを世話する母ザルの観察に成功
研究チームは今回、ブラジルの熱帯雨林にて生態調査を行っていた際、樹冠の高いところで、左足が力なく垂れた子どもを背負うオマキザルの母親を偶然に発見しました。
母ザルによる障害児のケア行動が野生下で目撃されるのは珍しいため、これは貴重な発見です。
そこで追跡観察を行ったところ、子ザルは生後1カ月未満の新生児と見られ、左足に外傷はないものの、何らかの原因でヒザ関節の脱臼を起こしていると推定されました。
左足がまったく機能せず、地上を歩けないため、子ザルは母親の背中にしがみついて移動することがほとんどでした。
ただ足でしっかりグリップできないため、常に不安定な状態にあったようです。
母親の方も頻繁に立ち止まり、背負い直すような形で子ザルの位置を調節していました。
これほど頻繁な背負い直しは、同年齢の新生児を持つ他の母ザルには見られないと研究者は話します。
こちらは母ザルが子どもを背負った状態で、石を使い果実を叩き割る様子を撮影した30秒ほどの映像です。
オマキザルは非常に賢く、手頃な石をハンマーにして堅いナッツや果実に打ち付ける行動で知られます。
しかし、ここでも他のオマキザルとは異なる様子が観察されました。
通常、オマキザルは石器を打ちつける際に長い尻尾の先端を地面に固定して力を安定させます。
ところが、足の不自由な子ザルを背負った母親は、尻尾が頻繁に上方に浮き上がって不安定な様相を呈していたのです。
これは石を叩きつける衝撃で子ザルが落下しないように配慮した結果と考えられます。
そのせいで叩きつけが安定せず、果実を割るのにも大変苦労しているようでした。
映像中でも母ザルが石器の反動で体勢を崩している様子がうかがえます。
実際の安定した石器の使用例はこちら。(尻尾の先端をしっかり地面に固定しているのが分かる)
一方で、世話を担っていたのは母ザルだけではありませんでした。
母親が食料調達のために席を外している際は、同じコロニーに属する大人のオスが代わりに子ザルの面倒を見ることもあったようです。
親子の行き着いた結末は…?
残念ながら、母親の懸命な世話も虚しく、幼い子ザルは生後8週間を生き延びることができませんでした。
その後もしばらく観察を続けたところ、母ザルに著しい変化が見られています。
以前は集団のメンバーが子ザルに近づき、触れ合うことを許していましたが、以後はメンバーが亡き我が子に触れたり、近づこうとすると接触を避けるようになり、ついには集団からも遠ざかってしまったのです。
研究者いわく、母ザルはある時は「亡骸を片手で抱き寄せるように体に密着させ」、またある時は「尻尾や腕にぶら下げて亡骸を運んでいた」という。
さらに遺体から腐敗臭が漂い始めたにも関わらず、子ザルの毛繕いを一心不乱に続けていました。
重い遺体を常に抱えているため採餌能力も低下しており、母ザルは我が子にたかるハエを食べていたようです。
また何度も立ち止まっては枝の上に遺体を置き、じっと眺めたり毛繕いをしていました。
こうした霊長類の母親に見られる”死後の世話”について、研究チームは「子どもの意識が一時的にないか、反応がない状態での育児放棄や遺棄を防ぐために進化したケアの方法と考えられる」と述べています。
やがて体力が限界に達したか、あるいはやむを得ないと覚悟したのか、母ザルは木々の間を飛び越えながら我が子の手を離し、命なき肉体はそのまま地上に落下していきました。
しかし間違いなく言えることは、私たちの想像する以上にオマキザルは慈愛に満ち溢れた生き物であるようです。