幹細胞の塊を命の模倣物「胚様体」へと変換する
近年の幹細胞技術の急速な進歩により、万能性持つ幹細胞からあらゆる種類の細胞を造り出すことが可能になっています。
この「あらゆる種類」の中には生命の元とも言える胚細胞に似たものも含まれており、それらをまとめて塊にすることで疑似的な胚「胚様体」を造ることができます。
またこれまでの研究により胚様体を培養すると、本物の胚のように「体作り」を開始させ、次第に胎児のような形態へと変化していくことが知られています。
たとえば2022年に行われたマウス実験では複数の細胞を組み合わせた人工合成胚を生成して培養を続けたところ、鼓動する心臓や脳、腸、血管など複数の臓器が作られる段階へ到達させることに成功しています。
ただマウスで得られた実験結果をそのままヒトに当てはめることはできません。
マウスも人間と同じ哺乳類であり、胚の仕組みの多くが一致しているのは事実ですが、実現させようとする現象が高度であればあるほど、種の違いの影響は大きくなっていきます。
(※胚発生は最も高度な生命現象の1つです)
実際、マウスと同じ方法でヒト胚様体を培養しようとしても「体作り」が上手く進んでくれないことがわかってます。
加えて、ヒト胚様体の成長に適した条件や着床条件を探ることも困難でした。
2023年に採択された国際幹細胞学会のガイドラインでは、ヒト幹細胞から造られたヒト胚様体を人間の女性の子宮に移して妊娠させることは倫理的に許されないとされているからです。
そこで今回、中国科学院の研究者たちは代わりにカニクイザルを実験材料にすることにしました。
カニクイザルはヒトと同じ霊長類であり、カニクイザルの胚様体培養や胚様体を使った妊娠実験を行うことで、ヒトにも応用可能な知識を、倫理的に違反することなく得ることが可能になります。
ただカニクイザルの胚様体にかんする知識は限られており、自然なサル胚を体外で長期培養する方法すら知られていませんでした。
そのため研究者たちは試行錯誤を重ね、適切な培養条件を模索することになります。
(※具体的にはサルの胚性幹細胞(ES細胞)に対してさまざまな成長因子に晒して胚発生が起こる条件を探しました)
結果、幹細胞の塊を妊娠8日目から9日目の胚に類似した胚様体へと、25%の成功率で変換ことに成功します。
また培養実験では胚様体を18日間にわたり生存させることに成功しました。
これらの胚様体は体のさまざまな臓器を作るのに必須である原腸陥入を経て、これまで作成されたどのサル胚様体よりも発達したものとなりました。
(※41個の胚様体のうち5個では原始線条に似た構造も現れていました。この構造は体の前後左右のレイアウトを形成するはじまりとなります)
また胚様体の遺伝子活性を調べたところ、本物の胚にみられるのと同じ遺伝子が働いており、かなり忠実なレプリカとして機能していることが示されました。
これらの結果は、サル幹細胞から疑似的なサル胚を作り出すことに、ある程度の成功を収めたことを意味します。
そうなると気になるのが、この「胚様体」にメスザルの子宮がどのように反応するかです。
胚様体が本物の胚の忠実なレプリカであるならば、子宮との接触によって子宮が勘違いを起こし「妊娠」を引き起こす可能性があるからです。