不安を遺伝子治療で取り除いたマウスは高所もヘッチャラになる
不安障害はよくみられる症状であり、統計では4人に1人が生涯で1回は不安障害と診断されます。
しかし既存の抗不安薬の有効性は高いとは言えず、患者の半数以上が薬を飲んでも寛解に達しません。
強力な抗不安薬も存在しますが、多くの場合、脳活動そのものを抑制することで、結果として不安を鎮める戦略を用いています。
そのため抗不安薬の多くは飲み続けると耐性や依存性が発生し、もとの不安治療よりも厄介な病態へと悪化してしまうこともあります。
では、どうして不安障害はこうも治しにくいのでしょうか?
その理由は原因が不明な点にあります。
私たちの精神状態は脳内に存在するさまざまな神経回路や遺伝子機能によってコントロールされていますが「不安」については根底にある神経回路や遺伝子の理解が進んでいませんでした。
そのため既存の抗不安薬は「しかたなく」脳活動を広く抑制する戦略をとらざるを得ないのです。
そこで今回エセクター大学の研究者たちは、マウスに急激なストレスを与えたときに、脳内で感情を司る偏桃体でどんな「マイクロRNA」が増加するかを調べることにしました。
マイクロRNAは新型コロナウイルスワクチンにも使用されているRNAの一種ですが、ワクチンに使われているmRNAよりも格段に短い配列となっており、タンパク質の設計情報も持っていません。
代わりにマイクロRNAはDNAに作用することで遺伝子の活性レベルを調節する機能を担っています。
そのためもしストレスによって偏桃体で増減するマイクロRNAを見つけることができれば、そのマイクロRNAの影響先を調べることで、ストレスに反応する遺伝子も見つけることが可能になります。
準備が整うと研究者たちは早速マウスに対して6時間に及ぶ「急性拘束ストレス」を与えました。
急性拘束ストレスはマウスを脱出できない狭いチューブ状の構造に閉じ込める方法で、長時間続けることでマウスをうつ病や不安障害に似た状態に変化させることが可能です。
マウスが不安障害に陥ったのを確認すると、研究者たちはマウスの脳を摘出して感情を司る偏桃体で、どんなマイクロRNAが増減しているかを確かめました。
するとmiR483-5pと呼ばれるマイクロRNAが増加していることが判明。
またmiR483-5pの増加がPgap2と呼ばれる遺伝子の活動を抑制していることが判明しました。
ではmiR483-5pの増加とPgap2の抑制は本当に不安を増加させていたのでしょうか?
検証を行うため研究者たちはマウスの偏桃体にmiR483-5pを過剰生産させる命令書を含んだウイルスを感染させ様子を観察しました。
すると驚くべきことにmiR483-5pの過剰生産とそれに連動したPgap2遺伝子の抑制を受けたマウスは、普通のマウスが委縮してしまう高さでも悠々と歩き回っていることが確認されました。
この結果は2つのかかわる経路がマウスの不安を打ち消すために使うブレーキシステムだったことを示します。
不安発生の仕組みを探すためにマウスをストレス漬けにしていたら、マウスが不安に対抗するためのブレーキシステムがみつかったわけです。
研究者たちは人間にもマウスと同じ不安を打ち消すブレーキシステムが存在している可能性が高いと述べています。
もしブレーキシステムを強制作動させる化合物がみつかれば、不安障害を遺伝子レベルで治療する画期的な新薬になるでしょう。