細菌を腫瘍の中に潜り込ませて撲滅する治療法
ここ数年、がん腫瘍の内部で生育や増殖が可能な細菌を利用した治療法に注目が集まり始めています。
しかしこの治療法は今のところ、細菌に抗がん剤を載せて運ばせる、いわゆる従来型のドラッグデリバリーシステムの域を出ていません。
また運搬した薬の効果も十分でなく、副作用という懸念すべき点もあります。
加えて、がん細菌療法は現状、抗がん活性を発揮するために遺伝子工学を用いた微生物の操作・改変が必須です。
アメリカやヨーロッパでは、ヒトへの臨床試験が進んでいるケースもありますが、そこで使われる細菌は遺伝子組換えによって弱毒化したサルモネラ菌やリステリア菌であり、体内で再び強毒化するリスクを常に伴っています。
その一方で、腫瘍の組織内に「細菌」が存在していることが以前から知られており、近年では、腫瘍の種類ごとに独自の細菌叢が保有されていることも明らかになってきました。
さらに腫瘍内の細菌叢には、抗がん剤の効果を補助してくれるものもいることが分かっています。
しかし腫瘍内から細菌を直接取り出して、がんの治療薬として利用する研究はこれまでゼロでした。
”阿吽の呼吸”で腫瘍を退治する細菌を発見!
そんな中、研究チームはマウスの大腸がん由来の腫瘍組織から3種類の細菌の単離および種の特定に成功しました。
1種目の細菌は「A-gyo(阿形:Proteus mirabilis)」、2種目の細菌は「UN-gyo(吽形:Rhodopseudomonas palustris)」、そしてA-gyoとUN-gyoから成る3種目の複合細菌は「AUN(阿吽)」と命名されています。
A-gyoとUN-gyoはそれぞれ既知の細菌であり、新種ではありません。
チームは次に、大腸がんを皮下移植させたマウスの尻尾の静脈に3種の細菌を投与してみました。
その結果、増やしたい細菌種を選んで腫瘍内で人為的に生育や増殖、集積ができるのみならず、高い抗腫瘍作用を持つことが発見されたのです。
特に2種が合体したAUN(阿吽)はたった一回の投与だけで、A-gyoとUN-gyoの協調作用により免疫細胞の働きが大きく活性化。
大腸がん、肉腫(サルコーマ)、転移性肺がん、薬物耐性乳腺がんといった様々な病気に対して強力な抗腫瘍活性を示すことが明らかになったのです。
その姿が金剛力士像の「阿形」と「吽形」に由来する”阿吽の呼吸”を想起させたことから、チームは「AUN(阿吽)」の名を与えています。
実際にマウスの大腸がん腫瘍はAUNの投与から30日後に完全に消失したとのことです。
さらにAUNの能力はそれだけではありませんでした。
AUNは生体透過性の高い近赤外光(800~2500nmの波長の光)を当てると、腫瘍内で近赤外蛍光を発現することが分かったのです。
これにより、ターゲットとする腫瘍の可視化が容易になり、診断や治療の効率化にも役立てられると期待できます。
さらにマウスを用いた生体適合性試験(血液や組織検査)を行ったところ、いずれの検査からもAUNそのものが生体に与える副作用などの悪影響はほとんど認められないことが示されました。
以上の結果は、AUNを利用した新たな治療法の確立や、細菌を含む微生物学の進歩・発展に貢献するものです。
研究の内容と共に、今回の報告は誰もが興味を持ちやすいよう成果を伝えようとしている研究者の努力が素晴らしいですね。
これをきっかけに菌でがんを抑えようとする試みを知った人も増えたことでしょう。