超音波による脳刺激はマウスを「冬眠」のような状態にできると判明!
これまでの研究で、冬眠は哺乳類・鳥類・昆虫・両生類・魚類など実に幅広い種に存在する能力となっています。
冬眠状態になった動物は体温・心拍数・酸素消費量を劇的に低下するだけでなく、脳活動は検出できないまでに低下し、極端な種では呼吸も10分に1回になるなど、生命活動を極端に鈍らせます。
冬眠する目的は主に仮死状態になることで食糧不足や極端な寒さに耐えることですが、一部のコウモリや鳥類は夜になるたびに昏睡状態になることも知られています。
しかしさまざまな動物たちがいったいどんな仕組みで冬眠するかはほとんど知られていませんでした。
しかし2020年に行われた2つの研究(研究1と研究2)により、1つの転機が訪れます。
この実験では遺伝子操作されたマウス脳の視床下部の一部を、化学物質などで活性化すると、十分なエサがあるマウスでも体温が20~25℃に低下し、冬眠のような非常に不活発な状態に誘導できることが発見されました。
この結果は、脳に冬眠を開始させるスイッチのようなものが存在する可能性を示すものになりました。
また遡ること6年ほど前、2014年に行われた研究では、超音波を脳の感覚領域に浴びせると、被験者たちの触覚を増強する効果があることが示されました。
他にも超音波を脳に浴びせることで、うつ病や不安症などの精神障害に改善効果があることが報告されていました。
これらの結果は、超音波は空気の振動を介して脳細胞への物理的刺激や音波が当たった場所に熱的な刺激を与えることが可能であり、特定の脳細胞の活性に影響を与える手段になることを示していました。
そこで今回、ワシントン大学の研究者たちは2014年と2020年の実験を組合わせ、冬眠するマウスと冬眠しないラットの両方の視床下部に超音波を照射し、何が起こるかを調べてみることにしました。
すると驚くべきことに、超音波を脳に受けたマウスたちは体温が3.5℃も低下して心拍数も半分になり、呼吸回数も大幅に低下して、冬眠に近い不活性状態に変化することが明らかになりました。
また1度の超音波刺激で不活性状態は1時間ほど持続したものの、断続的に超音波を視床下部に当て続けたところ、最大で24時間にわたりマウスの不活性状態を維持できることが判明します。
実験では24時間を超えた不活性状態の維持は行われませんでしたが、研究者たちはより長時間の不活性化も可能であると述べています。
さらに興味深いことに、マウスと違い冬眠する性質の無いラットにも同様の実験を行ったところ、ラットでも体温が2℃低下し、不活性状態に移行する兆候が示されました。
これらの結果は、冬眠に似た体の不活性化を開始させるスイッチが、脳内の特定回路に存在する可能性しており、マウスのように冬眠する動物だけでなく、ラットのように冬眠する性質のない動物も、類似の不活性状態に移行させる手段になることを示します。
研究者たちは、冬眠する性質がない動物が同じ脳領域の刺激で冬眠に似た状態に移行するという結果は、非常に重要であり、人間にも適応できる可能性があると述べています。
というのもこれまでの研究により、人間を含む冬眠する性質がない動物でも、冬眠に似た状態に移行するとの報告が数多く寄せられているからです。
特に医学の分野では患者の代謝を抑えて低体温にするメリットは広く知られており、患者の体を冷やして代謝を不活性化させることで、脳卒中による脳細胞へのダメージを軽減したり、心臓や脳の手術の生存率を高める効果があるとされています。
歴史的にも代謝を抑制する低体温の有効性については度々報告されており、たとえばナポレオンによるロシア遠征に従軍した医師たちは、重症患者を冷たい場所に置いておくと生き延びる可能性が高かった一方で、暖炉のそばに置いた場合には生存率が大きく下がったと報告しています。
命にかかわる重篤な状態では、身体中の細胞を低エネルギーの状態に慣らす処置を行った方が、生き残る確率が高くなる場合もあるようです。
そのためもし人間の脳にもマウスやラットと同様の冬眠を促すスイッチが存在する場合、意図的な低体温と組み合わせることで、患者の命や健康を救う極めて有効な手段になる可能性があります。
しかし、なぜ超音波をあてるだけで、マウスやラットは不活性状態に移行したのでしょうか?