普通のお風呂より「温泉」の方が睡眠の質が高まる
就寝前の入浴は快適な入眠を誘導して、睡眠の質を高めることが以前から指摘されていました。
その一方で、湯治によく行く人なら「温泉の方が家のお風呂より寝つきが良くなる」ことを感覚的に知っているかもしれません。
しかし、温泉の睡眠に対する科学的な効果はこれまで調べられていませんでした。
そこで研究チームは今回、「温泉は本当に睡眠の質を高めるか」を検証すべく、健康な成人男性8名を対象とした実験を行いました。
チームは実験用の温泉として「塩化物泉」と「人工炭酸泉」を用いています。
塩化物泉とは塩化ナトリウムを豊富に含む温泉のことで、汗の蒸発を防ぐ効果があるので湯冷めしにくいという利点があります。
炭酸泉は炭酸ガスが多分に溶け込んだ温泉のことで、血流の改善をもたらす効果があります。
しかし天然の炭酸泉は稀なので、ここでは人工炭酸泉を用いました。
実験では「塩化物泉」「人工炭酸泉」「普通のお風呂」「入浴なし」の4つの条件で、睡眠への影響を調べます。
8名の男性には、4回にわたってランダムにいずれかの条件で就寝前に入浴してもらいました。
入浴は40°Cのお湯に夜22時から15分間浸かり、その後、簡易的な脳波計と体温計を装着した状態で深夜0時〜朝7時まで寝てもらいます。
また被験者には、入浴前後と起床時における眠気や疲労感についてアンケートに回答してもらいました。
その結果、入浴時の方が入浴なしに比べて、睡眠効果が大幅に高まっており、特に温泉において熟睡効果が高まっていたのです。
こちらのグラフは、入浴後の深部体温の上昇と放熱による低下の過程を示しています。
普通のお風呂に入ることでも深部体温は上昇しましたが、実験では、塩化物泉に入浴した際に深部体温が最も高まっていました。
人工炭酸泉でも普通のお風呂を上回る深部体温の上昇を記録しています。
これは同じ温度のお湯でも塩分や炭酸ガスによってお湯の加熱作用が強くなっていることで、体内への熱の取り込みが大きくなったからだといいます。
さらに深部体温の上昇が強いと、その反動で皮膚表面での放熱が進み、入浴後90分後には深部体温が入浴しないときよりも下がっていました。
就寝前の深部体温の低下は、スムーズな休息状態を誘発することで眠気や熟睡効果をもたらすことが分かっています。
それゆえに、温泉に浸かることで睡眠の質が高まったのでしょう。
その証拠に、最初の睡眠周期(※)における脳のデルタパワーを調べたところ、デルタ波の量は温泉に浸かったときに顕著に強くなっていました。
(※ 睡眠周期:睡眠には浅い眠りの「レム睡眠」と深い眠りの「ノンレム睡眠」があり、私たちは一晩にレム睡眠とノンレム睡眠を約90分周期で4~5回繰り返している)
脳波はその周波数の違いからアルファ波・ベータ波・シータ波・デルタ波に分けられますが、デルタ波は4Hz未満のゆっくりした大きな波形であり、徐波(スローウェーブ)とも呼ばれ、その量は深い睡眠時ほど増加します。
つまり、入眠直後のデルタ波が強くなっていることは、それだけぐっすりと深い眠りに入っていることを示すのです。
その一方でアンケート調査では、塩化物泉の入浴後に疲労感が強く出ていることが示されました。
その科学的な理由は定かでありませんが、主観的な疲労感は情報として重要なので、体の弱い子供やお年寄りには人工炭酸泉の方が適切かもしれません。
これまでの研究で、睡眠不足や不眠症は将来的な認知症リスクを高める因子であることが報告されているため、温泉を活用した睡眠改善は認知症の予防にも役立つ可能性があります。
研究チームは今後、温泉に入ることが認知症予防に効果があるのかを科学的に検証していく予定です。
旅館でぐっすり眠れるのは、旅の疲れだけが理由ではないのかもしれませんね。