研究所の囲いの中で人生を過ごしてきたバニラ
バニラは生まれてから2歳になるまで、ニューヨークにある生物医学研究所に収容されていました。
そこでは他の数十頭のチンパンジーとともに「鳥籠のように吊るされた小さなケージ」に入れられていたといいます。
また屋外の飼育場や運動場もなく、一日中狭く暗いケージの中に閉じ込められていました。
当時、施設のひどい状況を目の当たりにした訪問者によれば「チンパンジーたちは次第に興奮し、人に対して怯えるようになっていた」そうです。
それから1995年に、バニラは他のチンパンジーと一緒にカリフォルニア州にある動物保護施設「ワイルドライフ・ウェイステーション(Wildlife Waystation)」に移送されることに。
実験ケージよりは環境が改善されたものの、依然として屋内に収容され続け、外の世界とは完全に遮断されていました。
そこには草原も仲間との交流もなく、窮屈な思いをしながら20年以上を過ごしてきたのです。
ついに初めて空を見る!
ところが2019年にワイルドライフ・ウェイステーションが閉鎖されたことで転機が訪れます。
バニラは同じ施設にいた数頭のチンパンジーと一緒に、フロリダ州の大西洋岸にある保護施設「セーブ・ザ・チンプス(Save the Chimps)」に引き取られることになったのです。
セーブ・ザ・チンプスは世界最大級のチンパンジー保護施設であり、研究所や動物園、ペット取引、エンターテインメント産業から引き渡されたチンパンジーを生涯にわたって保護しています。
そのチンパンジーの多くは、バニラと同じく独房のような檻の中で過ごしてきました。
施設は全部で150エーカー(東京ドームが11.5エーカー)の広さがあり、12の区域に分けられていて、それぞれに自然や遊具の豊かな環境が整っています。
施設には現在、226頭のチンパンジーがおり、性格や行動にもとづいて所属する区域が決められるそうです。
同所のディレクターで霊長類学者であるアンドリュー・ハロラン(Andrew Halloran)氏によると、バニラは標準的な手続きである検疫室でしばらく過ごした後、18頭のチンパンジーのいるグループに導入されたといいます。
そしてとうとう、バニラに人生初となる青い空を見上げる時がやってきました。
その感動の瞬間をハロラン氏が映像に収めています。
こちらです。
彼女は最初、屋外に出るのをためらっていましたが、グループのリーダーであるオスの「ドワイト(Dwight)」に促されるように外へ一歩を踏み出しました。
バニラはドワイトと抱き合った後、ついに空を見上げます。
私たちの目にも、初めて見る空に陶然としているバニラの表情が読み取れるでしょう。
口の動きに注意してみると「うわぁ」と感動が漏れ出ているようにも見えます。
その後、バニラはドワイトに案内されながら、緑豊かな草原の美しさを噛みしめるようにゆっくりと歩き回りました。
その中でバニラは何度も何度も青い空を見上げていたようです。
バニラは新しい家族にもすぐに馴染んで、ジャングルジムの日陰でくつろぎ、互いに毛繕いをするようになりました。
ハロラン氏によると「バニラは現在、他の仲間と散歩していないときは3階建てのジャングルジムの上に座って、広々とした新しい世界を見渡す」のが習慣になっているとのことです。
今まで暗い天井ばかりを見てきたバニラにとって、初めて見る青い空には心が開放されるような思いがしたのでしょう。
私たちは目の前の風景を見ることにあまりに慣れすぎていますが、それは決して当たり前ではなく、とても幸運なことなのかもしれません。