がん細胞の成長を促し「普通の細胞」に就職させる
答えを得るために研究者たちは、地道な方法を実行しました。
研究ではまず「ある遺伝子を破壊すれば、がん細胞が普通の細胞に戻るはずだ」という仮説が立てられます。
これまでの研究によって、がん化は遺伝子の突然変異が原因であることが判明しています。
そのため(理論的には)がん化させる変異があるならば、逆にがん化を解除する変異も存在する可能性がありました。
そこで研究者たちは横紋筋肉腫細胞(がん細胞)の遺伝子を1つずつ破壊していき、普通の細胞に戻るかどうかを確かめる地道な作業を繰り返しました。
すると、肉腫細胞に存在する核転写因子Y(NF-Y)と呼ばれる遺伝子を破壊したところ、肉腫細胞が普通の筋肉細胞に変化することが判明しました。
また筋肉に変わった肉腫細胞たちは、がんとしての性質を全て失っていることも判明しました。
例えば普通のがん細胞はエネルギーの多くを自己増殖のために用いていますが、筋肉細胞になったことでエネルギーのほとんどを収縮することに次ぎ込み、増殖することはなくなりました。
また見た目の状態も、肉腫細胞のときは球形に近い形をしていましたが、筋肉細胞になったことで紡錘形に変化し、細胞内部も収縮タンパク質(アクチンとミオシン)が豊富に存在するように変化していました。
この結果は、NF-Yを無力化することで、危険な肉腫細胞を普通の筋肉細胞に変化させられることを示しています。
ただNF-Yの本来の役割は、遺伝子の活性度を制御する「調節役」にあります。
そのため研究ではNF-Yがどんな遺伝子の調節を行っているかが追加で調査されました。
するとNF-Yは、未熟な細胞を筋肉細胞に分化させる「PAX3‐FOXO1」と呼ばれる遺伝子を活性化させる作用があると判明します。
(※PAX3‐FOXO1は既にがん化に関連する遺伝子であることも知られていました)
そのため研究者たちは未熟な状態にあるがん細胞を分化させることが、普通の細胞へと再編成する効果になっていると述べています。
というのも、これまでの研究で無限に増殖する能力を持つ多くのがん細胞は、体内にある未熟な細胞が、がん化したものと考えられています。
たとえば白血病細胞には、細胞が特定の役割を持った状態に発達していない未分化幹細胞としての性質を持っており、細胞の成長を促す分化誘導療法が効果的に働くことが知られています。
再びマフィアで例えるならば、がん細胞(マフィア)は体内でちゃんとした役割を担う分化細胞(職業)についていない状態で、それが無分別な活動につながっていたのです。
しかし、そんな彼らに成長を促すことで、がん細胞(マフィア)から足を洗って筋肉細胞という新たな役割に変化(転職)させることができたのです。
研究者たちは今回の研究結果が、肉腫細胞以外の他の種類のがん細胞に対しても、普通の細胞に戻す方法を探索するのに役立つ可能性があると述べています。
もしかしたら未来の世界では、がんの種類に合わせて普通の細胞に変化させる、がん細胞の転職薬が開発されているかもしれません。