孤独は命を削る毒となる
社会性を持つ動物を孤独にしたら何が起こるのか?
この問題は古くから多くの生物学や社会科学者の関心を集めてきました。
最初期の仮説では、孤独であってもなくても、適切なエサと住環境があれば動物の健康状態に変化はないと考えられてきました。
社会性や孤独は単に動物の置かれた状況を説明する単語に過ぎず、動物の生命活動そのものに影響を与えるとは考えられていなかったからです。
ですが、この推論は直ぐに間違いだと分かります。
社会性を持つヒトやマウス、アリやハチなどは孤独な状況になると、たとえ食べ物や環境が十分に恵まれていても、健康状態が悪化することが判明します。
社会性のある動物にとって、孤独は命を削る毒として作用していたのです。
特に孤独による寿命短縮は「昆虫から人間」に至るまで一貫してみられる現象であり、背後になんらかの共通の仕組みが存在すると考えられています。
そのため、もしこの「共通の仕組み」を解明し薬などでブロックすることができれば、孤独な状況にある人々の健康に、大きなプラスになると期待されています。
そこで今回、産総研の研究者たちは社会性を持つアリを使って、孤独がどんな生物学的な変化を及ぼすかを調べることにしました。
調査にあたってはまず1匹で飼育される「孤独アリ」と10匹で飼育される「グループアリ」が用意され、同じような住環境が提供され、行動の違いが比較されました。
するとグループアリが安全な巣の内部で過ごす時間が多かった一方、孤独アリは多くの時間を周囲の壁の近くで過ごしていることが判明しました。
また1秒あたりの移動速度や1日あたりの移動距離を比較したところ、孤独アリの方が移動速度が速く、移動距離も長くなっていることが示されました。
つまり孤独アリは1日の多くの時間を、巣から離れて、壁に沿うように高速で長い距離を歩き回っていたのです。
この結果は、孤独な状況に置かれたアリは十分なエサや住環境があっても、集団生活をしているアリにはみられない異常な行動パターンをとることを示しています。
次に研究者たちは観察に使ったアリたちの体内でどんな遺伝子が働いているかを調べました。
すると孤独アリはグループアリに比べて407個の遺伝子の活性化と、487個の遺伝子の抑制が行われていることが判明します。
この結果は、孤独はまず遺伝子の活性パターンを大きく変えてしまうことを意味しています。
また活性が変化した遺伝子がどんな役割をしているかを調べたところ、孤独アリでは酸化ストレスにかかわる遺伝子群に、大きな変化があることが判明。
特に活性酸素を生産する酵素の遺伝子(Duox)が孤独アリの体内で劇的に活性化しており、孤独アリの体内は有毒な活性酸素が多くなっている可能性が示されました。
また興味深いことに、孤独アリの活性酸素の生産量と壁際で過ごす時間を比較したところ、活性酸素の生産量が多い孤独アリほど、壁際に滞在する時間が多くなっていることがわかりました。
ではこの活性酸素を除去すれば、孤独の悪影響を減らせるのでしょうか?