母体免疫活性化によって「幼児期健忘」が防がれた!
今回の実験では、妊娠中の母親マウスに対し、人工的な炎症を与えることでMIAを誘発させました。
(実際に細菌やウイルス感染させるのは何かと問題があるため、感染したときと同じ炎症を人工的に与えている)
これによって生まれたマウスの子供は、他の健常なマウスと違って、ASDに見られる社会的行動障害を示しました。
社会的行動障害とは、仲間とのコミュニケーション欠陥、周囲への興味や活動レベルの低下、行動の繰り返しや固執などを特徴とする発達障害です。
その後、このマウスと健常なマウスを対象に、幼年期に電気ショックを与えてトラウマ記憶を植え付け、大人になるまで育てました。
するとMIAの母親から生まれたマウスからは、大人になっても幼年期の恐怖体験を覚えている行動証拠が得られたのです。
反対に、健常なマウスたちは幼年期のトラウマ体験を忘れている傾向が強く見られました。
これはMIAによる神経発達の異常が幼年期健忘を防ぎ、初期の記憶の扉を開けたままにしていることを示しています。
また調査の結果、幼児期健忘の発症を防ぐ因子は「インターロイキン-17(IL-17)」というサイトカインであることが特定されました。
実験で、IL-17をなくすように母親マウスを遺伝子操作すると、たとえ妊娠中にMIAを誘発された場合でも、生まれた子供は健常なマウスと同様に幼児期健忘を経験していたのです。
さらにチームは、健常に生まれたマウスでも、記憶の形成や保持に関与する神経細胞である「エングラム細胞(※)」が正しく活性化されれば、大人になっても記憶を想起させられることを発見しました。
(※ 記憶の保持に重要な神経細胞群のこと。時間と場所、経験した出来事の記憶を構成し、記憶の思い出しや呼び起こしに必要とされる)
つまり、幼年期のトラウマ経験時に作られたエングラム細胞を正しく活性化できれば、健康なマウスでも人生初期の記憶にアクセスできたのです。
チームはこの結果を受けて、
・人生初期の記憶は消去されているのではなく、アクセスできない状態になっているだけであること
・妊娠中に母体免疫活性化(MIA)にさらされると、生後に幼児期健忘が起きない可能性があること
を見出し、それが私たちヒトにも当てはまるのではないかと述べました。
これに関し研究主任のライアン氏は、なぜ自閉症の人たちが幼年期の記憶を正確に思い出せるのかを説明できると同時に、妊娠中にMIAにさらされなかった健常な人々では、人生初期の記憶に対する「忘却スイッチ」が自然と入るようになっている可能性が高いと話しました。
ただ、人生初期の記憶を封印するという機能が、ヒトを含む哺乳類の発達になぜ必要だったのかは、まだわかっていません。
その解明は今後の課題となります。
記憶は思い出せなくなることはあっても、消えることがないという話はよく聞かれます。
これは本当なのかなと疑問に感じる人もいるでしょうが、少なくとも今回の研究からは、私たちが2〜3歳以前の記憶については思い出せないだけでちゃんと保持していると考えることができるようです。