暴騰や暴落を量子力学で理解する
実践的なテストにあたっては、1992年1月から2021年12月までの期間に、S&P 500指数に継続的に含まれていた137の米国企業のデータが使用されました。
この期間にはドットコムバブル崩壊、世界金融危機、新型コロナウイルスの蔓延などの不景気時期が含まれています。
研究者たちはシュレーディンガー方程式を解いて値を算出したところ、株式市場に存在する統計からの逸脱イベントが発見されました。
先に述べたように株式市場でみられる暴騰や暴落は統計的に(正規分布で)考えられるよりも遥かに頻繁に発生しています。
しかし量子力学を組み込んだ分析では、暴騰や暴落の発生数が実際の発生数とよく一致していることが示されました。
この結果は量子力学を組み込んだ分析では、人間の集団心理、特に群衆行動として知られる現象を反映していることを示しています。
群衆行動とは、個々の人々がそれぞれ複雑な意思決定を行っているにも関わらず、全体としては予測可能なパターンを示す現象であり、株式市場では、この群衆の心理が「トレンド」という流れを生んだり、価格の振動幅に影響を与えたりすることが知られています。
また暴騰や暴落などの逸脱イベントが起こりやすくなる条件を分析したところ拡散係数の増加と外部からの刺激の増加が当てはまりました。
ここで言う拡散係数は投資家たちが感じている不確実性に起因する値動きの幅のことであり、外部からの刺激は好景気や不景気といった株価に影響を与える環境要因となっています。
実際、世間がバブル景気に沸いている状況では、株価の値動きは激しさを増し不確実性が高くなりますが、方程式はその現象を解に反映していたのです。
また研究では不景気の時には好景気時よりも平衡化の力が弱く、群集化が起こりやすいことが示されました。
この結果を投資家の心理に再翻訳すれば「不景気のときの急激な値動きのほうが恐怖が強く、群集心理に飲まれやすくなる」となるでしょう。
逆境の時こそ人々が群集心理に流されやすいという、私たちの直感とも一致します。
(※過去の研究でも、景気が後退している時期のほうがアナリストたちの予想のバラツキが大きくなり、不確実性が増加することが示されています)
これらの結果は、株式市場に精通している人々ならば当然の話かもしれません。
しかし人間の群集行動が量子力学によって方程式に組み込むことができるという事実は、非常に興味深いと言えるでしょう。
また研究の結果は、群集行動と景気循環との明確な関連性を示しており、マクロレベルでは、政策の不確実性の増大は経済成長の低下につながる可能性を示しています。
「政治家の経済方針が曖昧だと株価が下がる」という結果も当然と言えますが、そのメカニズムを数学的に記述できるかどうかで分析速度や分析精度は大幅に違ってきます。
そういう意味で市場における群衆行動の根本的原因が不確実性にあることを量子力学を用いて示した本研究は、量子力学と金融工学を結ぶ画期的な発見と言えます。
研究者たちは今後、実験結果を拡張してモデルの正確さを高めていくと述べています。
もしかしたら未来の株式取引では古典的な統計学ではなく、量子力学に基づいた分析ツールが主流になるかもしれません。