脳のどこを調べたのか?
近年の研究で、寝不足は肥満やうつ病、心疾患など、さまざまな慢性疾患のリスクを増大させる因子となることが明らかになっています。
一方で、睡眠時間を過剰に取る「寝すぎ」については健康への作用があまり知られていません。
そこで研究チームは、寝不足と寝すぎを含め、睡眠時間が健康(特に脳)に与える影響について新たに調査しました。
MRIにおいて調査対象としたのは「白質高信号(white matter hyperintensity:WMH)」と「異方性度(fractional anisotrophy:FA)」の2つです。
1つ目の白質高信号(WMH)では、白質という中枢神経系の脳領域において、他の領域よりも明るく強い信号が出ているかどうかを調べます。
もし信号の強度が高ければ、脳の老化や認知機能の低下が疑われます。
2つ目の異方性度(FA)では、白質の繊維に沿って移動する水分子の方向性を調べます。
FA値が高いと、水分子の拡散が特定の方向にしっかり制限されており、白質繊維の整合性が高く、脳が健康であることを意味します。
反対にFA値が低いと、水分子の拡散がよりランダムであり、白質の構造が損傷されており、脳の老化が進んでいることになります。
チームは白質高信号(WMH)の高さとFA値の低さは、脳卒中および認知症のリスク増大と関連していると説明します。
寝不足も寝すぎも脳の健康に悪い
本調査では、イギリスの中高年(40〜69歳)約50万人の健康データを追跡記録している「UKバイオバンク」を使用しました。
この中には、被験者が日中の昼寝も含む1日の平均睡眠時間を報告したデータがあります。
チームはこの最初の睡眠時間の聞き取りから9年後、UKバイオバンクの登録者から約4万人を無作為に選択し、脳のMRI画像を撮影して分析しました。
そしてアメリカ心臓協会(AHA)の定める「健康増進のための8項目(Life’s Essential 8)」に従って、最適な睡眠時間を7〜9時間未満、短すぎる睡眠時間を7時間未満、長すぎる睡眠時間を9時間以上と定め、被験者の睡眠時間と脳の健康状態を比較。
その結果、7時間未満および9時間以上の最適でない睡眠時間は、脳の健康不良と有意に関係していることが判明しました。
短すぎるor長すぎる睡眠を取っていた被験者は、先の白質高信号(WMH)が高く、FA値が低い傾向が見られ、脳卒中と認知症のリスクが高まっていることが示されたのです。
チームは、これらの被験者の脳について、脳卒中および認知症の予兆として認識されている無症状の脳損傷(silent brain injury)を起こしている状態にあると説明します。
これは表にあらわれる症状はないものの、脳卒中や認知症の発症リスクを高める懸念すべき状態です。
また今回の結果は、喫煙や高血圧、糖尿病など、脳に影響を及ぼすことが知られている他のリスク因子を調整した後でも変わりませんでした。
つまり、寝不足と寝すぎを続けている人は、脳に潜在的なダメージを与えている可能性があるのです。
今は大丈夫だとしても後年になって、そのツケが回ってくるかもしれません。
しかしこの悪習慣を止めることで、脳の健康を改善できるとも期待できます。
研究主任のサンチャゴ・クロッキアッティ=トゥオッツォ(Santiago Clocchiatti‐Tuozzo)氏は「今後の臨床試験で、睡眠時間を改善することが人々の脳の健康を改善させるかどうかを明らかにしたい」と述べました。
皆さんの中にも「平日は忙しくてなかなか睡眠時間が取れないので、休日に10時間以上寝ている」という方も多いでしょう。
こうしたイレギュラーな睡眠習慣は静かに脳を傷つけている危険があるので、できるだけ安定してまとまった睡眠時間を取るように心がけた方がいいかもしれません。