良性マゾヒズムの核心は「安全圏」にあること
良性マゾヒズム(Benign masochism)とは、米ペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)の心理学者であるポール・ロジン(Paul Rozin)氏が2013年頃に考案した心理学用語です。
ロジン氏によれば、良性マゾヒズムとは一般的に不快・苦痛・嫌悪・脅威などとして認識されるネガティブ経験に対して喜びや快感を見出す性向のことを指します。
例えば、激辛料理を食べて舌が痛むのを楽しんだり、ホラー映画を観て身の毛のよだつ感覚がたまらなかったり、絶叫マシンのスリリングさに快感を覚えたり、激しい運動後の肉体的苦痛に心地よさを感じる場合、あなたには良性マゾヒズムの気質が十分にあると言えるでしょう。
他にも、小説ではハッピーエンドよりバッドエンドを好んだり、悲痛な音楽を好んで聴いたり、臭いニオイを嗅ぐのがやめられなかったりする行動も良性マゾヒズムに当てはまるといわれています。
ほとんどの人はマゾヒズムという単語については、性的な意味で「変態」のことだと解釈しがちです。
確かに、良性マゾヒズムは不快感や苦痛をあえて求める点では性的マゾヒズムと同じです。
しかしロジン氏は、良性マゾヒズムには性的マゾヒズムと決定的に異なる部分があると説明します。
それは良性マゾヒズムが常に「安全圏」にあるという点です。
性的マゾヒズムでは、鞭打ちや首絞めを受けたり、罵詈雑言を浴びたりと、本人の心身に直接的なダメージがあります。
特に窒息行為に快感を覚える人では死亡事故につながるリスクが高く、性的マゾヒズムは明らかに危険な領域にあります。
これと反対に、良性マゾヒズムは命に関わる直接的な脅威とは距離を置いており、安全が確保されているのです。
例えば、ホラー映画を観ても本人が劇中の殺人鬼に襲われるわけではなく、画面外の安全な場所にいます。
それから激辛料理を食べて痛みを感じたとしても、それによって死亡することは基本的にありません。
つまり良性マゾヒズムでは、今感じている不快感や苦痛が本当の脅威にはならないことを認識しているがゆえに、それらを喜びや快感に変えることが可能なのです。
その一方で、多くの人は激辛料理やホラー映画を避けますし、そこに喜びや快感も見出しません。
こうした個人差が何によるのはかまだ科学的に説明されていませんが、一説では、ネガティブ体験を受けたときのアドレナリンやドーパミンの出方の違いに原因があるのではないかと考えられています。
アドレナリンやドーパミンの分泌は快感や興奮感を促すため、良性マゾヒズムの人はホラー映画を観たり、絶叫マシンに乗ったときに、興奮や快感に繋がる神経伝達物質の分泌量が多いのかもしれません。
このように、良性マゾヒズムについてはまだ十分な研究が進んでおらず、多くが謎に包まれています。
そんな中、独ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルク(JMU)は新たな研究で、良性マゾヒズム傾向のある人がどのレベルのネガティブ感情刺激に対して喜びを見出すのかを調べてみました。