「求愛or攻撃」は男性ホルモンによって決定される?
性成熟に達したオスは一般的に、メスに出会うと求愛して交尾を試み、オスに出会うと攻撃をしかけてライバルを排除しようとします。
これは動物種を問わず、自然界におけるオスの鉄則と言えるでしょう。
その一方で研究者たちは、オスが出会った相手に対して「求愛する or 攻撃する」のいずれかを意思決定する際に、どのようなメカニズムが働いているのか、大いに疑問に思っていました。
過去の研究では、オスの性器を去勢するとメスにあまり求愛しなくなったり、他のオスへの攻撃性が低くなったりすることが知られています。
このような観察事例を踏まえると、オスの精巣から分泌される「男性ホルモン」が相手への求愛や攻撃の促進に何らかの形で関わっていることが伺えます。
ただ、それ以上の詳しいメカニズムは解明されていませんでした。
そこで研究チームは今回、オスのメダカを対象にして、男性ホルモンの受容体を阻害する実験を行いました。
受容体とは、細胞の中あるいは表面に存在するタンパク質で、細胞外から運ばれてきたリガンド(受容体にくっつく化学物質。ホルモンなど)を認識して結合します。
そうすることで初めて受容体が活性化し、細胞に特定の反応を引き起こすことができるのです。
リガンドと受容体の関係はいわば、鍵と鍵穴の関係に置き換えられます。
つまり、メダカの受容体を阻害すれば、男性ホルモンの作用も現れなくなるわけです。
チームは具体的な実験として、男性ホルモンの受容体である2種類のタンパク質「Ara」と「Arb」をターゲットに、ゲノム編集を用いて順番に働かなくさせました。
その結果、Araが阻害されたオスのメダカは、同性のオスに対してほとんど攻撃しなくなり、その代わりに盛んに求愛し始めることが見出されたのです。
さらにArbを阻害されたオスは異性のメスに対して求愛はするものの、その頻度が低下し、代わりに攻撃行動が増えてしまうことがわかりました。
これは非常に興味深い発見でした。
男性ホルモンが正常に機能しなくなったオスは「オスに求愛し、メスに攻撃する」という自然界の鉄則の真逆の行動を取り始めたのです。
チームは事前の予想として、男性ホルモンが働かなくなることで同性への攻撃や異性への求愛が単純に「減る」と推測していました。
このためその予想を超えて、同性に求愛し異性に攻撃する逆転した反応が見られたのは驚きでした。
チームは「これらの発見から、通常のオスでは、男性ホルモンがAraを介して働くことでオスには求愛せずに攻撃するようになり、男性ホルモンがArbを介して働くことでメスには攻撃せずに求愛するようになることがわかりました」と結論しています。
こうした化学的メカニズムが合わさることで、オスは出会った相手の性別に応じて「求愛する or 攻撃する」を瞬時に判断していたようです。
ただ意外なことに、オスのメダカはAraとArbが働かなくなったとしても、出会った相手がオスかメスかは判断できていました。
にも関わらず、通常のオスとは真逆の判断をしてしまうことから、男性ホルモンの機能は、性別の認識にではなく、その後の意思決定(相手がメスだから求愛しようとか、オスだから攻撃しようという判断)に関わっていると考えられます。
以上の結果からチームは「脊椎動物のオスが出会った相手に求愛するか攻撃するかをどのように判断しているのか、という長年の問いに答える大きな手がかりが得られた」と話しています。
デフォルトの反応が「オスに求愛してメスに攻撃する」ところを、男性ホルモンを細胞が受容することによって「オスに攻撃してメスに求愛する」と変えているということでしょうか?
男性ホルモンがon-offではなく、求愛-攻撃対象を逆にしているというのは何とも不思議ですね。まるで、男性ホルモンが事後的に性的指向を制御しているみたいです。