毒を持つウミウシに擬態して魚たちから嫌われようとする「ケショウシリス」
擬態とは、生物が自分以外の環境や生物に形、色、におい、動き、音などを似せることで、生存していく上で利益を得る現象です。
これまで多くの昆虫で擬態の研究が行われてきましたが、海洋生物、特にゴカイの仲間においてはほとんど研究が進んでいません。
だからこそ、新しく発見された「ウミウシに擬態するゴカイ」は、注目に値します。
擬態には大きく分けて2つの種類があります。
周囲の葉っぱや木に自分を似せることで捕食者を惑わすものを環境擬態(crypsis)と呼び、毒を持つ生物特有の特徴を真似ることを標識的擬態(Signal mimicry)と呼びます。
今回のケショウシリスの触手の先端には毒が存在せず、まさに「見た目だけ」ウミウシを真似ています。
そのため研究チームは、ケショウシリスが「毒のあるウミウシに擬態することで、自身も毒があるように外敵に錯覚させている」標識的擬態をしていると考えています。
ただ、この標識的擬態にはさらに2つの種類が存在しています。
それがベイツ型擬態(Batesian mimicry)とミューラー型擬態(Müllerian mimicry)です。
ベイツ型擬態とは、毒のない生物が毒のある生物の見た目を真似して毒があるふりをする場合を指します。
一方、ミューラー型擬態は毒を持つ生物同士が似たような見た目になることで、捕食者に対する警告信号の効果を強化し、全ての有毒種の生存率を向上させようとするものです。
ケショウシリスは、まだ新種のため詳しく調査されていないだけで、体のどこかには毒を持つ可能性が残されています。
そうなると、ケショウシリスはベイツ型擬態ではなく、「毒がある生物同士が似た模様になる」ミューラー型擬態の一種だということになります。
(この擬態の種類に関する詳しい説明は、以下の記事で確認できます)
いまのところ、どちらの擬態の種類かは分かっていませんが、いずれにせよ、環形動物では非常に珍しい現象だと言えます。
そして私たち人間の感覚からすれば、ウミウシに似ている美しいケショウシリスは、一般的なゴカイよりも好まれるでしょう。
「人間から嫌われ、魚たちには好まれる」ゴカイが、ウミウシに擬態して「人間に好まれ、魚たちには嫌われる」というのは面白い話ですね。
今後、研究チームは、「ケショウシリスの遺伝子がどうなっているのか」「外敵はどのように捕食対象を認識しているのか」など、多くの点を解明していくと述べています。