笑顔は遊びと喧嘩の違いを示すサイン
遊びはイルカ以外にもさまざまな動物で見られる行動であり、チンパンジー(Pan troglodytes)、カラス(Corvus)などの哺乳類や鳥類で広く確認されています。
無脊椎動物でも、実験下において、マダコの仲間( Octopus)がブロックを自分の触手間で何度も受け渡ししたり、マルハナバチ(Bombus terrestris)がボールを転がすといった行動が遊びとして報告されています。
しかし、動物の感情や思考はわかりませんし、そもそも遊びの定義とは何なのかという疑問が浮かびます。
遊びの定義として、アメリカ・テネシー大学の動物行動学者であるゴードン・バーグハート(Gordon M. Burghardt)氏により下記の5つの科学的基準が提唱されています。
(1)食料、避難場所を得るなど明確ですぐに効果や結果を伴う合理的行動ではないこと
(2)食料など何らかの報酬を目的とせず、自発的で行動自体が報酬であること
(3)食料調達や繁殖行動など通常の行動とは異なること
(4)繰り返されるが定型的でないこと
(5)ストレス条件下になく、リラックスした状態で開始されること
バンドウイルカはイルカの中でも特に遊び好きで、年齢に関係なく頻繁にこれらの基準に当てはまる遊びの行動をとることが知られています。
遊びの内容は、ジャンプや宙返り、波に乗るといったアクロバティックなものから海藻、ブイなど浮遊物を使ったものなど様々で、単独もしくは仲間同士で行います。
子供のイルカは生後数週間で仲間たちと遊び始め、社会的ネットワークを広げていきますが、仲間たちとの社交的な遊びでは、遊びの行動が相手への敵意ある行動ではないことを示し、喧嘩に発展しないためのコミュニケーション手段が存在すると予想されます。
犬(Canis lupus familiaris)やオオカミ(Canis lupus)、ブチハイエナ(Crocuta crocuta)など社会性を持つ肉食動物や霊長類といった様々な動物が、「攻撃じゃなくて遊びですよ」と示す視覚的なサインとして人間の笑顔に似た口を開ける行動をとります。(こうした笑顔に類似した動物の表情や行動をOpen Mouth(OM)と呼びますが、この記事では「笑顔」と表現します。)
しかし、イルカでも同じように友好的な表情として笑顔を使用するのかはわかっていませんでした。
そこで今回の研究では、飼育下のバンドウイルカが訓練や給餌以外の自由な時間に行った、バーグハート氏の遊びの定義に基づく遊びの行動を観察し検証しました。