厳しい「AIの冬」の時期に密かに革命は起きていた
コンピューターが開発されて以降、その性能は飛躍的な進化を遂げてきました。
コンピューターは複雑な弾道計算を瞬時に行う「計算能力」だけでなく、膨大な情報を正確に記録する「記憶能力」においても人間を遥かに上回ります。
そのためコンピューターの普及が進んだ1960年代には、人間に匹敵する「人工知能(AI)」の開発は1世代以内に可能になると考えられていました。
しかし予想に反して、AIの開発は難航します。
プログラムを組むことで、コンピューターに2枚の間違い探しをさせることは可能でした。
たとえば1枚目の夕日の画像の一部を加工してカラスを紛れ込ませた2枚目の画像を用意した場合、コンピューターはプログラムに従って画像データを比較することで、すぐに違いを認識することができました。
しかしコンピューターに「夕日とは何か?」を教えることはできませんでした。
人間が膨大な時間をかけて、夕日の色のデータや太陽の位置データを含んだ高度なプログラムを作成しても、コンピューターは赤いレンガの壁の前を飛んでいる黄色いテニスボールを映した写真を「夕日」と答えてしまったのです。
人間ならば、そのような間違いは起こしません。
人間は生まれてから何度も夕日を見ることで、夕日の抽象的な概念を脳内に確立し、見たことがない夕日の画像でも、それが夕日であると判断することができます。
しかし文字を使ったプログラミングではいくら頑張っても、夕日という抽象的な概念をコンピューターに教えることはできなかったからです。
同様の壁は画像認識以外にもさまざまな分野に存在しました。
私たち人間の言語や音声、色彩感覚などの多くは、プログラミング言語に変換するのが困難だったからです。
さらに一部の研究者たちは、現実世界の多様な学習状況に対応できるプログラムは作成不可能であるとの結論に至りました。
絵画の間違い探しのために作られたプログラムでチェスをしたり、新しい化合物を探したり、テニスを行うのは数学的に不可能としたからです。
この結論は、どんなに優秀なプログラマーが存在しても、人間のような汎用的なスキルを備えたAIをプログラミングで作り上げるのは無理であることを意味します。
人間によるプログラミングこそがコンピューターの神髄であると考えられていた時代、この結論は重いものでした。
脳の機能をコンピューターで模倣しようとする「人工ニューラルネット」開発の試みも古くは1960年代から存在していましたが、著名なプロジェクトの多くが失敗に終わってしまいました。
そのため現在のAIの盛況さ(AIの春)と比較して、1970年代中頃から2000年代初頭にかけた時期は「AIの冬」と呼ばれることもあります。
しかし中世の暗黒時代に、後の繁栄の時代の基礎が確立されたように、「AIの冬」の真っただ中にあって、密かな革命が起き始めていました。
そのきっかけは、ネットワークに含まれるエネルギーについての物理学研究でした。