「噴火から逃げる母子像」は、赤の他人で両方とも男だった
ポンペイの遺跡や石膏像は発見されてから時間が経ってきたため、さまざまな劣化が見られるようになってきました。
そこで2012年から「グランデ・プロジェット・ポンペイ(Grande Progetto Pompei)」という、ポンペイの遺跡の修繕プロジェクトが始まったのです。
そして2015年に考古学者たちは、ポンペイ住民の石膏像86体の修繕をすることにしました。
その過程で、14体の石膏像の中に、遺骨が僅かに混ざっていると判明。
ポンペイの犠牲者たちの情報が残っていたのです。
そこで今回、アリサ・ミトニック氏ら研究チームは、それら遺骨からDNAを抽出することに成功したのです。
この情報を元に、DNA鑑定から石膏像として復元された犠牲者たちのそれぞれの性別や遺伝的関係を正確に判定することができました。
これまで外見と位置だけで推測していたことを、DNAの情報から正しく理解できるようになったのです。
その結果、1組の家族だと考えられていた4人は、実際には赤の他人であり、しかも全員が男性だったと判明しました。
その中の「子供を抱える人物」は金のブレスレットをしていた痕跡があるため、女性であり、この子供の母親だと解釈されていました。しかしこの2人も、実は血縁関係のない中年男性と5歳の男の子だったのです。
ここに「家族の絆」など存在していませんでした。
さらに、姉妹または母と娘だと考えられていた「抱き合う2人の女性」も、少なくとも片方が男性だと分かりました。
この結果は、私たちが先入観から考古学的遺物を誤って解釈しやすい恐れがあることを示唆しています。
確かに「命が危険にさらされた時の家族の絆」は、私たちの頭の中に「心を打つ物語」として想像しやすいものです。
それは、多くの人の関心を集め、広く普及するものでもあるでしょう。
しかし、情報が限られた考古学においてそうした、こうした先入観や想像しやすい内容で当時の状況を推測をしてしまうと、過去の状況について大きな誤解をしてしまい、それを一般にも広めてしまう恐れがあります。
研究チームも、今回の結果は、「現代の価値観に基づく誤った解釈を避けるために、遺伝子データと考古学的・歴史的情報を統合することの重要性を浮き彫りにしています」とコメントしました。
考古学では、現代とは異なる価値観、文化を持った人々を理解しなければなりません。
ブレスレットをしているから女性だ、子供を抱きしめているから親子だ、そうした先入観や解釈は、当時の人々の文化や多様性を誤って理解してしてしまう恐れがあります。
私たちは、自分が好きな物語ではなく、事実に基づいて物事を見るよう意識しなければならないのです。