拷問が脳に残す「見えない傷跡」を調査する
日常的に耳にする「PTSD」という言葉。
これは、戦争や自然災害、犯罪被害など、極度のストレスにさらされた人々が、恐怖やフラッシュバック、感情の麻痺などの症状に苦しむことを指します。
しかし、これらの症状の背後で脳がどのように変化しているのか、詳しい仕組みは解明されていません。
これまでの研究では、脳の特定の部位がPTSDと関連していることが報告されています。
例えば、「恐怖の中枢」として知られる扁桃体の過剰活性化や、記憶形成を担う海馬の容量低下、認知制御に関与する前頭前野の抑制などです。
それでも、脳の各部位がどのように連携し、ネットワーク全体がどんな影響を受けるのかについては、十分に理解されていませんでした。
さらに、拷問という極端なストレスが、脳にどのような傷跡を残すのかは謎のままでした。
そこでオーストラリアのニューサウスウェールズ大学(University of New South Wales)の研究チームは、拷問のような極度のストレスが脳の神経ネットワークに与える影響を調査することにしました。
まず、研究チームは、オーストラリアにある拷問被害者の治療・リハビリ施設などを通して、拷問体験者33名と非体験者44名を集めました。
そして彼らを対象とした比較研究を行い、被験者たちの脳活動を詳細に記録しました。
研究では、特にGo/NoGoタスクを使用しています。
この課題で参加者は、特定の刺激に反応 (Go) し、他の刺激には反応を控える(No-Go)必要があり、これは脳の注意力や認知能力を評価するために適しています。
例えば参加者は、表示される白い円には反応しますが、白い四角には反応しないように指示されました。
さらに、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて、タスク中の脳内ネットワークの神経接続性を測定しました。
加えて、PTSD症状や抑うつ症状の評価も並行して行い、心理的影響と神経接続性の関連性を分析しました。
この多角的なアプローチにより、拷問が脳と心に及ぼす複雑な影響を詳細に解明することを目指しました。