外骨格によるトレーニングが「熟練ピアニストに自分の限界を超えさせる」
古谷博士たちの研究チームは、8歳になる前から少なくとも1万時間ピアノを弾いてきた合計118人の熟練ピアニストを対象に複数の実験を行いました。
まず、参加者たちは2週間、自宅で従来のピアノ練習を行い、技術が停滞することを確認しました。
この練習では、ショパンの『練習曲Op.25-6』やラヴェルの『オンディーヌ』など、高速かつ複雑な演奏が求められる難曲を課題曲としました。
こうした難曲を演奏するためには、指を独立して動かす能力や高い速度が求められますが、従来の方法では特定のスピードを超えることができず、演奏技術が頭打ちになることが改めて確認されました。
その後、参加者たちは研究室で外骨格グローブを装着し、右手の各指を毎秒4回の速さで動かすトレーニングを実施しました。
この速さは、参加者が自力で出せる指の動きの約1.7倍に相当し、通常の練習では不可能な速度です。
ちなみに、このグローブの動きは特定のパターンを基に設計され、指の交互運動や複雑な同時打鍵を正確に再現するものでした。
こうしたトレーニングにより、通常の練習では得られない速さと動きが脳と神経系に新たな刺激を与えるはずです。
そして結果は驚くべきものでした。
トレーニングの後、右手の指の動きが明らかに速くなったのです。
例えば、複雑な指の動きが必要とされるケースでは、打鍵間隔(2つのキーを連続して押したときの時間間隔)が平均で約27ミリ秒短縮(約6%向上)しました。
更に、グローブを装着していない左手においても上達効果が見られました。
研究者たちは、この結果について、右手への受動的なトレーニングが脳全体に影響を与え、左手の神経回路にもポジティブな変化をもたらしたからだと考えています。
加えて、トレーニング効果は単なる速さの向上にとどまらず、正確性の大幅に改善にも寄与しました。
このことから、外骨格によるトレーニングは、通常の練習では発達しない領域を刺激し、結果として「限界を超える」パフォーマンスを引き出せると分かります。
今回の研究は、熟練したピアニストたちが、外骨格グローブによって、自分の限界を超えることができることを示唆しています。
そしてこの技術は、指先の精密な動きが求められる外科手術や工芸、さらにはリハビリテーションやゲーム産業など、幅広い分野での応用が期待されています。
外骨格技術は、これまでのように、単に「人間の能力を補う」だけでなく、「人間の能力を拡張する」ことも可能かもしれないのです。