なぜホッキョクグマの毛は“凍っていない”ように見えるのか
まず前提として、ホッキョクグマの体毛は一本一本が中空構造になっており、高い断熱性を持ちます。
また、厚い皮下脂肪と黒い皮膚によって体温を保ち、極寒の地でも体を温められることが従来から知られていました。
しかし、外気温が氷点下なのに加え、泳いで毛が濡れることもある厳しい環境で「毛自体が凍りつかない」という謎は、これだけでは十分に説明できません。
研究者たちは、野生映像や赤外線カメラのデータから、ホッキョクグマの毛の表面温度が周囲とほぼ同じ氷点下まで下がっている可能性に気づきました。
それでもなお、毛が凍りついたり氷がこびりついたりしていない現実があります。
そこには、従来あまり注目されていなかった「油分」という決定的な秘密が隠されていました。
今回の研究は、ノルウェーのスヴァールバル諸島で入手したホッキョクグマの毛皮サンプルが大きな鍵となりました。
物理学者ボディル・ホルスト氏らのグループは、ホッキョクグマの毛皮を洗浄処理したものとしなかったもの、人間の髪の毛、そしてスキー板に使用されるフッ素系化合物コーティング(いわゆる“スキーワックス”)のサンプルを比較する実験を行いました。
研究チームはそれぞれのサンプルの上に氷を作り、氷の塊を押しのけるのに必要な力を測定し、「どれだけ氷が毛皮や表面にくっつきやすいか」を数値化しました。
その結果は驚くべきものでした。
洗っていないホッキョクグマの毛皮:氷が非常に付きにくく、市販の最高級スキー板に匹敵するほど簡単に氷を押しのけられた。
洗って油分を除去したホッキョクグマの毛皮:氷を押しのける力が4倍近く増大し、防氷効果が激減した。
人間の髪の毛:油分はあるものの、ホッキョクグマの毛皮ほどの防氷効果は示さなかった。
これらの結果から、ホッキョクグマの毛皮の最前線である「表面の油分(皮脂)」が、氷を寄せつけない最大の要因であることが確認されたのです。
そうなると気になるのが油の正体です。
いったいどんな油が凍結耐性を授けていたのでしょうか。