DNA以前に存在した“絶滅コード”の痕跡
今回の分析では、「一部の非常に古いタンパク質ドメイン(pre-LUCAドメイン)は、そもそも現在のコードが揃う前から存在していた」と結論づけられます。
もしそうだとすれば、それらの配列は別の翻訳機構、あるいは別の遺伝コードで合成されていたかもしれません。
いわゆる「DNA/RNAと20種類のアミノ酸」という枠組みが確立する以前の段階の世界が、本当にあったのではないか、というわけです。
これは、「他のコードがすべて絶滅し、現在のコードが唯一生き残った」という進化史のシナリオを強く裏付けるものです。
この絶滅したコードについて、いまのアミノ酸セットとは違う組み合わせ、あるいはノルバリンやノルロイシンなどの非標準アミノ酸を使うものが一時期存在した可能性もあると論文では言及されています。
しかし絶滅といっても、完全に途絶えたわけではありません。
研究では、絶滅したと言われているネアンデルタール人の遺伝子が人類の遺伝子に含まれるように、遺伝コード体系が異なる初期生命の間でも何らかの交換があった可能性が指摘されています。
つまり「遺伝コードは一度に完成した」よりも「段階的に拡張された」のであり、最初に複数のコードが同時に存在し、互いに競合しつつ集約されたかもしれないのです。
その際、異なるコードを使う生物同士で遺伝子をやり取り(水平伝播)する際、コードが一致しなければ不利です。
初期の過酷な地球環境で生き残るには、お互いの遺伝子の融通がスムーズなほうが利点があります。
そのため最終的に「より広く使われたコード」に集約されていった――こうした仮説は、先行研究でも提唱されてきました。
共通先祖とは異なる絶滅した遺伝コードは、こうした統一の過程で失われたものと考えられます。
あえて通貨でたとえれば、経済圏を統一するために統一された通貨ユーロを使うために、かつての国々ごとに発給していたマルクやフランが廃れていったという感じでしょう。
本研究のもう一つの重要な示唆は、地球外生命を探す際の視点です。
もし初期生命が硫黄(S)や金属イオンを豊富に活用していたのなら、火星やエンケラダス、エウロパなど硫黄に富む天体でも、似たようなプロセスで生命が誕生しているかもしれません。
芳香族アミノ酸が思ったより早くから使われていたなら、地球外でもアロマチック化合物を利用する生命の痕跡を手がかりに探索が進む可能性があります。
もしかしたら絶滅したコードの起源は、硫黄や金属に富んだ惑星にいた生物のものだった可能性もあるのです。
逆を言えば、地球生命の遺伝コードが長い時間をかけて他の星に漂着して繁栄した場合、その星に元々存在した生命の遺伝コードと統一を起こし、地球と似た生物の進化が起こる可能性もあります。
現代の宇宙生物学は、古い地球環境の再現実験や隕石・サンプルリターン探査などと組み合わせて、「初期生命がどうやって分子を利用したか」を推定することで、異星での生命シナリオを描こうとしています。
私たちの遺伝情報の源流を、さらに深く探求することで、生命がいかにして複雑な設計図を手に入れ、どのように地球上を席巻していったのか。
その全貌を解き明かす日が、少しずつ近づいていると言えそうです。