カフェイン研究の裏舞台:なぜ1-MXが注目されるのか?

コーヒーは昔から「深夜まで目を覚ましてくれる不思議な飲み物」として親しまれ、“学者の燃料”や“社交の潤滑油”として世界中に広がりました。
メイン成分であるカフェインが、脳を覚醒状態に保ち、集中力を高める効果をもたらす――これは広く認められてきた事実です。
しかし、近年の研究では「カフェインそのもの」だけが主役ではなく、体内でカフェインが分解される過程で生まれる代謝産物こそが、私たちの記憶力や思考力に大きくかかわっているのではないかと注目されています。
その代表的な例としてよく名前が挙がるのが「パラキサンチン」です。
カフェインが肝臓で代謝されるとき、およそ70〜80%ほどがパラキサンチンに変わると報告されており、従来はこのパラキサンチンが神経伝達を強力にサポートすると考えられてきました。
ところが、パラキサンチンからさらに生まれる「1-MX(ワン・エムエックス)」という物質が、近年新たな光を浴びはじめています。
パラキサンチンが7番目のメチル基を外されて1-MXになるなど、1-MXはパラキサンチンの“次の段階”の代謝産物でもあるのです。
しかも1-MXは、アデノシン受容体への作用に加え、細胞内にあるリアノジン受容体(RyR)というチャネルを介して神経の興奮を調整するといわれています。
かつては「パラキサンチンがカフェイン効果の本体ではないか」と盛んに研究されてきましたが、この1-MXも似たような――もしくはそれ以上の――効果を持ち、記憶力や脳の健康に大きな影響を与える可能性があると示唆されているのです。
興味深いのは、カフェインの代謝は年齢や体質、酵素(CYP1A2)のはたらきによって大きく左右される点です。
若い頃は代謝が活発で、カフェインからパラキサンチン、そして1-MXへとスムーズに変化する可能性が高いものの、年を重ねるとこの過程が遅くなる場合があります。
つまり、同じコーヒーを飲んでも、若年の個体と高齢の個体とでは体内に生成されるパラキサンチンや1-MXの量、そして脳への影響が異なるかもしれないのです。
さらには、1-MXはコーヒーだけでなくトマトやレンコン、オクラなどにも微量ながら含まれているといわれ、カフェインをあまりとらない人にも関係してくる可能性があります。
こうした話題が積み重なるにつれ、1-MXはいったいどれほどの“潜在力”を秘めているのかが、ますますミステリアスに感じられるようになりました。
そこで今回研究者たちは、この1-MXが実際にどの程度、記憶力や脳の健康指標に影響を与えるのかを確かめるため、若いラット(8週齢)と加齢モデルとしての老齢ラット(16ヶ月齢)を用いて本格的な実験を行うことにしたのです。