脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功!
脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功! / Credit:clip studio . 川勝康弘
biology

脳の薄切りを凍らせて1週間後に蘇生することに成功!

2025.02.18 17:00:49 Tuesday

「もし、あなたの脳を1週間だけ“停止”させておいて、その後ふたたび動かすことができるとしたら……」

いままで、それはSF小説の中だけで語られる夢物語に過ぎないと思われてきました。

しかしドイツのフリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルク(FAU)で行われた研究により、マウスの脳の一部を凍結保存し、1週間後に解凍した際にほぼ元どおりの活動を取り戻した、という驚くべき研究が報告されています。

この研究では、薄切りにしたマウスの脳(いわゆる“脳スライス”)を、まずは液体窒素で急速冷却し、その後マイナス150℃に保たれた冷凍庫で1週間保管したそうです。

そして解凍してみると、シナプス(神経細胞同士が情報をやり取りする接合部)など、脳を機能させる上で重要なネットワークが損なわれることなく生き生きと動き出したというのです。

この実験の大きなカギは、「ガラス化(ヴィトリフィケーション)」と呼ばれる技術にあります。

凍結防止剤を使って細胞内の水分を結晶にせず、ガラス状に固めることで、組織を氷の刃のような損傷から守るというわけです。

とくに、脳のように膨大な神経細胞が入り組んだデリケートな器官を、低温下で長期保存する手法として注目されています。

そしてさらに興味深いのは、マウスの脳スライスを再び“動かす”ことができるのなら、学習や記憶に必須とされる回路まで無事に保たれているかもしれないという点です。

これがもし将来、人間の脳に適用できるようになれば、“精神”や“人格”の基盤をいったん凍結しておいて必要なときに解凍する――というSF的なシナリオも、まったくの絵空事ではなくなるかもしれません。

もちろん、ヒトなど大型哺乳類に応用するには大きな課題が山積みですが、医療や宇宙飛行などの特殊環境、そして脳科学研究のツールとしても、大きな可能性が広がっているのは間違いないでしょう。

本記事では、「1週間凍結した脳スライスを解凍し、ふたたび動かす」という冒険的な実験にスポットを当て、いかにして安全に脳を“停止”させ、そして“再始動”させるのか――そして、その先にどのような未来が待ち受けているのかを探っていきます。

研究内容の詳細は2025年2月4日にプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて公開されました。

Functional recovery of adult brain tissue arrested in time during cryopreservation by vitrification https://doi.org/10.1101/2025.01.22.634384

止まった脳は再び動くのか?――ガラス化技術の足跡

脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功!
脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功! / Credit:clip studio . 川勝康弘

生命を“凍らせる”という発想は、古くからSFで取り上げられてきたテーマです。

ところが、実際に生体を凍結する道のりは、決して簡単なものではありませんでした。

最大の障壁は、凍るときに生じる氷の結晶が組織や細胞膜を傷つけることです。

とりわけは、緻密に連なった神経細胞と細やかな回路が電気信号をやり取りするため、ごく小さなダメージでも致命的な機能障害を招きやすいとされてきました。

一方、自然界を見渡すと、極寒の環境下でも体内で“凍結防止剤”のような物質を生み出し、氷の結晶化をうまく防ぎながら生き延びる昆虫や両生類が存在します。

それを手がかりに、1980年代からは哺乳類の細胞を凍結する際にも、同様の凍結防止剤を加える実験が進められてきました。

たとえば水分が結晶化しないように、グリセロールや糖類などを細胞内に取り込ませる方法です。

ただ、高濃度の凍結防止剤は有毒になる恐れもあり、最適な配合や濃度、浸透速度をめぐって、多くの研究者が試行錯誤を重ねてきました。

こうした中で注目されたのが、“ガラス化(ヴィトリフィケーション)”という手法です。

水分が結晶化せず、“固体なのに分子の配列がランダム”というガラス状に変化すると、氷の結晶が組織を壊すリスクを減らせます。

とはいえ、細胞内の水分をしっかり置き換えるほどの高濃度溶剤は毒性を持ちやすく、さらに冷却・解凍時の物理的ストレスを小さく抑える必要もあるため、乗り越えるべき課題は数多く残されていました。

一方、ラットの心臓や肝臓、腎臓などをガラス化して保管した後、解凍して機能が戻る事例は近年いくつか報告されています。

しかし、記憶や学習の中枢となるシナプス可塑性や、無数の神経細胞ネットワークをもつ脳を、そのまま無傷に保管するのは非常に高いハードルだと考えられていました。

実際、2000年代頃までは脳のごく一部を短時間だけ冷却し、解凍後にわずかな活動を確認する程度の報告があるにとどまっていたのです。

そうした状況の中、マウスの脳スライスを1週間ものあいだガラス化状態で保ち、再び温度を上げてシナプスの働きや神経活動、さらには記憶のカギを握る可塑性まで元に戻すことを試みる研究が行われました。

「脳は氷結さえ防げば、物理的な構造を保ったまま再稼働できるのではないか」という仮説を、ここまで徹底的に検証し、しかも成功させた例は非常に珍しいといえます。

この成果によって、長期間の脳保存や、人為的に“仮死状態”をつくり出す技術が、あながち絵空事ではなくなってきたのです。

次ページ冷却から蘇生へ――実験の全貌

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